コンファレンスと同時進行したギリシャ債務の処理と並び、会場でしばしば交わされた話題がある。444億ユーロ(約4兆9000億円)の運用資産を抱えるドイツ銀行の不動産部門、RREEF(リーフ)の行方だ。

 開幕1週間前の2月28日、ドイツ銀行は米Guggenheim Partnersに優先交渉権を与えることを発表。RREEFのほか投資信託などの部門を含む資産運用事業の資産査定に入ったことを発表している。

 Guggenheim Partnersは米国の鉱山開発で財を成したスイス系大富豪の子孫が1999年に創業した投資会社。一族は米ニューヨークのグッゲンハイム美術館の創設で知られ、また同社首脳にはBear Sterns最後のCEOであるAlan Schwartz氏が会長として名を連ねる。野心に燃える同社は、自らのサイズを大きく超えるドイツ銀行の部門買収で、運用資産を5倍にすることを狙う。

 RREEFは買収を繰り返して規模を拡大し、現在は独フランクフルトを中心に、東京を含む世界22都市で600人のスタッフが活動する。大西洋を挟んで続く神経戦をよそに、今年も50人近い部隊をMIPIMに送り込んだ。会期初日の3月6日には、会場脇の桟橋に停泊したクルーザーで恒例のプレス懇親会を開催。ドイツ担当CEOのGeorg Allendorf氏など首脳陣はシャンパングラスを片手に、記者たちの前でその健在ぶりをアピールした。

会場から旧市街地の古城を望む(写真:本間 純)

投資業界の主役交代、PEファンドとSWFが台頭

 新興勢力のGuggenheimが買収に成功するかどうかはまだ未知数だが、RREEFを取り巻く動きは投資業界での「主役交代」を象徴している。

 かつて市場を席巻した米系の金融機関は、この3年ほどの間に軒並み不動産投資部門を縮小または売却した。欧州ではオランダの保険大手INGが2011年2月に、米CBRE Investorsに5兆円規模の不動産運用部門を売却。最近ではドイツ銀行などの金融機関も、自己資本比率向上を義務付けたバーゼルIII規制が2013年から段階的に導入されるのを前に、ノンコア事業の切り売りによる現金確保に走っている。

 こうした機会を捉えて不動産への積極投資に打って出ているのが、これまで企業買収を中心に手がけてきた、プライベートエクイティ(PE)と呼ばれる独立系ファンドだ。彼らは米国の量的緩和政策QE2を受けた金余り環境の下、運用難に苦しむ年金基金や政府系ファンドから、うなるほどのエクイティ資金を調達してきた。

 なかでもBlackstoneは、米国の大手PEのなかでも不動産分野への傾斜を強めている最右翼だ。現在は、Merrill Lynchから部門買収で取得した日本・アジアの不動産を含め、400億ドル(約3兆3000億円)の資産を運用中。不動産ファンドのBlackstone Real Estate Partners VIIは、2012年内に100億ドル(約8300億円)というエクイティ募集の目標を早くも2月に達成し、さらに20億ドルを追加募集すると英PERE誌が伝えている。

 政府系ファンド(SWF)も、欧州、特にロンドンの不動産売買市場での存在感を著しく高めている。5兆円相当の資産を運用するマレーシアのPNBは2011年11月から2012年3月にかけて、立て続けに市内のオフィスビル3物件を取得した。価格は合計8億2000万ポンド(約1100億円)。米調査会社Real Capital Analytics(RCA)によると、ロンドンにおける過去1年間の取引額上位10件中、なんと6件までがSWFの手によるもの。PNBのほかカタール、カナダ、クウェート、スウェーデンなどのSWFが市場を席巻した。

真剣な表情の参加者たち。CBREが近隣ホテルで開催した投資家調査の発表イベントで(写真:本間 純)

ギリシャ政府機関がMIPIM参加者に送った発表案内(資料:Hellenic Republic Asset Development Fund)

焦る銀行から物件放出への期待、ギリシャ政府からの売却話も

 PEやSWFが投資対象として期待をかけるのは、欧州の銀行が規制当局のプレッシャーを受けて市場に放出するであろう不動産や不良債権だ。CBREなどの調査によると、2011年以降10年間に満期を迎える商業用不動産ローンの総額は9600億ユーロ(約100兆円)。日本の年間国家予算を超える規模だ。ピークは2011年から2013年の3年間で、毎年1700億~1800億ユーロずつ満期が到来する。

 このうち現在の市場環境で再調達可能な融資の総額は1100億~1200億ユーロとみられ、差し引き600億ユーロ程度の埋められないギャップが存在している。売却や、リキャップ(追加出資)などの処理を迫られる担保物件は今後も増加し、豊富な資金を手にした買い手にとって千載一遇のチャンスをもたらす。

 英国では当局が厳しい指導で時価会計の適用を進めたことから、多くの金融機関が引当金を計上して担保不動産を売却処分した。この結果、ロンドンの不動産市場は海外から多くの買い手を呼び込むことに成功し、いち早く息を吹き返した。一方、大陸諸国では国ごとにスピード感が異なるものの、ドイツなど一部の国では不良債権処理の加速が期待されている。

 米Cushman & Wakefieldの欧州担当パートナーMichael Lyndsey氏は「“extend and pretend”の時代は終わりつつある」と話す。これは、不動産ローンでの損失計上を避けたい銀行が、担保価値の毀損に目をつぶってローンを延長し、その後知らんぷりする行動をやゆしたはやり言葉だ。銀行が帳簿上で塩漬けにすることを指して、crystalize(結晶化)と呼ばれることもあるが、いずれも今年のMIPIMでは昨年ほど聞かなくなった。

 銀行と並ぶ売り手候補に挙げられるのが、金融危機対応で膨らんだ公的債務に苦しむ政府部門である。2011年8月、英政府がロンドンオリンピック閉幕後の会場跡地での住宅開発権を、カタール政府系のファンドに5億5700万ポンド(約730億円)で売却したのがその例だ。MIPIMの会場では、混乱の渦中にあるギリシャ政府の機関、Hellenic Republic Asset Development Fundが、公有地の買い手を募集するための発表会を開いて話題を集めた。CBREの調査によると、2011年の欧州公的セクターによる不動産売却は23億ユーロ(約2500億円)で、前年の2倍以上を記録した。


コア資産への投資過熱に警戒感

 2011年、西ヨーロッパ地域の不動産取引高は746億ユーロ(8兆2000億円、英国除く)で対前年比1割増となった。しかし、その経過を見ると多くの国で年後半に失速している。自己資本の拡充を急ぐ金融機関に新規貸し出しの余裕がなく、不動産ローンが十分に供給されていないことが背景にある。さらに買い手の層は薄く、目立つのは前述のPEファンドやSWFばかり。勢い、投資家の人気はロンドンのAクラスオフィスビルといった数少ないコア資産と不良債権のバルクセールに両極化し、似たような物件にビッドが殺到する形になっている。

 会期2日目の3月7日に開催されたパネルディスカッション「Private equity: European distressed investing」では、名だたるファンドマネジャーがこうした点を議論した。

左からTPG、Lone Star、Wellcome Trust、GICの各氏と司会者。Wellcome Trustは医療技術の開発を援助するチャリティ基金で、これが大手機関投資家の一角を占めるのが英国らしい(写真:本間 純)

 シンガポール政府投資公社(GIC)のBernard Phangマネジングディレクターは、「今後数年間、欧州は自信喪失と低成長に甘んじるだろう」と見るが、それでも欧州への長期投資を続ける考えを示した。同社は過去2年ほど、価格が高止まりしているAクラスビルを避け、英国、ドイツなどの主要国でもより競争の少ない地方都市の中小ビルに投資してきた。イタリアでは、別の投資家が撤退した穴を埋める形で案件に参加し、好条件を引き出すことができたという。レンダーとしては、米国でセカンダリー(中古)のCMBS投資で成果を上げる一方、欧州では新規のシニアローンやメザニンローンを供給する戦略を掲げる。

 ロンドンやパリの市況が過熱し、不動産がキャップレート4%台で取引されることもある現状に対しては、長期投資家の目線から警戒感を示した。「国債金利が低く、ビルのキャップレートとの間のスプレッドが大きいため、高額の投資が正当化されやすくなっている。しかし、債権の取引がクリック一つで済むのに対して、不動産の売買には数カ月の時間がかかる。ある日、債権の利回りが高騰したらどうするのか」(Phang氏)。

 運用資産総額490億ドル(約4兆円)を誇る米大手PEファンドのTPG Capitalからは、パートナーのRobert Weaver氏が出席した。同氏は、企業買収で培った“buy-fix-sell”のノウハウを生かし、問題を抱えた不動産や不動産会社を取得していく考えを示した。すでに米国では過去数カ月で三つの不動産会社を買収している。ただしGICのPhang氏と同様に、最近の状況には「過去に例を見ないコアアセットへの殺到」と表現して警戒感を示し、地方都市での投資機会を探す考えを示した。

 Lones Star Fundsのマネジングディレクター、Juan Pepa氏は、リーマン破綻直後の不良債権放出ラッシュに続く「第二のチャンスの波が来ている」と見る。近年は物件の管理と売却を中心に活動してきた同社だが、2011年6月までにクローズした二つのファンドで合計100億ドル(約8300億円)規模のエクイティを集めた。このうち30億ドルを投資済みで、特にここ2、3カ月は再び活発な買い手として浮上している。

 Pepa氏は欧州を手始めに、米国と日本でもポートフォリオの売却やリファイナンスといった投資機会を探っていく意向だ。市況面で新規の融資を調達することが難しいことから、ベンダーファイナンシング(売り主による融資)が付きやすい金融機関相手の取引を増やしていくという。なおも“ハゲタカファンド”への偏見は強いと指摘した司会者の問いには、「我々は売り主の資金調達を手助けするソリューションプロバイダー」と軽くかわした。

会場正面の建物に「We love your money!」の文字。ロシア企業によるなんともストレートなアピール(写真:本間 純)

本間 純