南仏コート・ダジュール(紺碧海岸)地方のリゾートの中でも、カンヌは映画祭で世界に名を知られたユニークな存在だ。夏には欧州随一のバカンスの地、それ以外の季節は国際コンベンションの開催地として、年間を通じた集客に成功している。今回のレポートではいったん会場の外に視線を移して、この街の経済と不動産市場を紹介してみよう。

 同市には、年間延べ300日のコンベンションが開催されており、映画祭に集まる15万人を筆頭に、年間250万人の参加者が訪れる。それによる経済効果は年間約8億5000万ユーロで、うち15%が映画祭、MIPIMが8%を占める。「カンヌは人口7万4000人の小さな町だが、大都市並みの集客力を持つ」と、Bernard Brochand副市長は語る。

 1949年に建設されたパレ・デ・フェスティバルとともに、こうしたコンベンション市場の成立を支えているのが多数のホテルの存在だ。一つ星(1泊35ユーロ以上)から五つ星(200ユーロ以上)まで、その数は8000室を超える。カンヌ湾にそって緩やかな弧を描くクロワゼット大通りは、今も往年の優雅さをとどめる豪華な五つ星ホテル、高級コンドミニアム、一流ブランド・ブティックなどが並ぶ。ホテルの年間平均稼働率は80%を超えるという。

中央のヨットハーバー左に隣接する、円形屋根の建物を含む三角形の敷地がパレ・デ・フェスティバル。映画祭のほか音楽祭のMIDEMやテレビ番組の見本市MIPTV、広告フィルム展示会のCannes Lionsの会場となる(写真:カンヌ観光局)
MIPIMではクルーザーが臨時の応接室兼、パーティー会場として各社の接待に活躍する(写真:本間 純)

 さらに、カンヌのツーリズム市場に特徴的なのは、バカンスとコンベンションという、二つのマーケットをにらんだ独特のビジネスモデルが成立していることだ。例えば、割安で長期滞在できるアパートメントホテル。夏に3週間程度の休暇をとるフランス人の習慣にあわせて、カンヌ市内にはこうしたアパートメントが数多く存在しており、替えタオルなどを別料金とすることで1泊50ユーロ以下でのサービスを家族連れや学生グループに提供している。こうした施設は夏以外の時期、映画祭やMIPIMなどのコンベンション参加者を収容するのに役立っている。

 豪壮な別荘やクルーザーを富裕層から借り上げ、あるじがいない時期にレンタルするエージェントも活躍する。調度品などもそのままに、専属の使用人付きで借りることができるので、ホテルともサービスアパートとも一味違う、ぜいたくな数日間を過ごせるわけだ。一方、クルーザーは、キャビン数室を有効利用するとホテルより割安に泊まれるという。

富裕層誘致に力、不動産価格は上昇中

Brochand
カンヌ市のBernard Brochand副市長(写真:カンヌ市)

 「カンヌでは富裕層の誘致に力を入れ、インフラの拡充に力を入れている。フランスの町で最初に多数の防犯カメラを設置するなど治安の強化にも努め、訪れる人にも、住民にも快適な町づくりを目指している」(Brochand副市長)。

 今では美しいリゾートとして知られるカンヌだが、10世紀には小さな漁村でしかなかった。1830年代にその景観と気候にひかれた英国貴族らの避寒地として開花した。19世紀末にはゴルフ場ができ海水浴も盛んになり、米国人も訪れるようになった。リゾートらしいミモザ、ユーカリ、ヤシの木などは、19世紀に外国人が持ち込んだものだ。

 カンヌの西側、丘の麓の旧市街地には12世紀からの建造物や中世風の町並みが残っている。紺碧のカンヌ湾には、名ワインを産出するカトリック修道院のある島が浮かび、20分ほどの船旅でのどかな風情が満喫できる。自然と歴史の観光資源に加え、山海のグルメが魅力のカンヌだが、海に飽きたらアルプスも車で1時間半ほど。春には海水浴とスキーが同時期に楽しめることもある。

 このように好条件に恵まれたカンヌは、フランス国内でもパリと並んで、不動産価格が上昇している極めて少ない町の一つだという。近年はロシア人富裕層が増えており、夏のロシアウィークが地元の人々にも好評だ。また、市当局は観光サービス業だけでなく、IT産業の育成にも力を入れている。郊外には世界有数の人工衛星の製造工場があるほか、開発の進む学術科学村「ソフィア・アンティポリス」には2400haの敷地にハイテク企業1400社が進出、3万人の雇用を生み出している。

 MIPIMの参加者は5日間もこの地に滞在しながら、この多彩なリゾートを楽しむ暇がほとんどない。春をうたう地中海の浜でグラスを傾け、ここのクオリティ・オブ・ライフの一片を味わうつかの間が・・・。頭の中は巨額のディールを成立させることでいっぱいなのだろう。

海岸線には歴史的建造物のInterContinental Carlton(左)をはじめ、Majestic、Martinezなどの高級ホテルが建ち並ぶ(写真:カンヌ観光局)

19世紀のクロワゼット通り(写真:カンヌ観光局)

篠田 香子=フリーライター