戦後、一貫して「箱(建物)」を供給してきた建築産業は転換期を迎えている。既存ストックを活用して豊かな生活の場をつくり出す取り組みを、新たな産業にできないか。「場の産業」創出の必要性を提唱する東京大学大学院の松村秀一教授に聞く。
※松村秀一教授を主著者とする新刊『2025年の建築「七つの予言」』を日経BP社より発行しました。松村教授をホストに、建築設計、リノベーション事業、不動産開発などの第一人者による議論を収録しています。本記事のテーマである「場の産業」とも密接に関係する内容です。目次等はこちら(Amazon)をご参照ください。
ハード対策のみでは追い付かない 欧州「団地再生」の調査から実感
──「場の産業」という考え方がどのようにして生まれたかをお話しいただけますか。
松村 最初のきっかけは、1995年頃に団地再生の研究を始めたことでした。当時、アジアから来ていた多くの留学生の方に、戦後日本の建築業界が培ってきた技術や生産体制を教えていました。そのためには、老朽化の進んでいる団地にどんな不都合が起きているかも知らなくてはいけないと思って調査を始めたのです。
調べてみるとやはり色々と問題がありました。そこで、日本よりも以前からそうした状況を迎えていたヨーロッパの団地再生事例を集めてみました。ヨーロッパの団地というのは空き家問題だけではなく、失業や貧困・治安の悪化などの様々な社会問題が集約された場所です。そうした団地を再生するためにソフト面も含めた包括的なアプローチを重視していて、単に断熱材を入れるなどのハード面の対策とは次元の違う改修が行われていることを知りました。
2000年頃の日本では、今度は都心のオフィス街の空き室も問題になってきたので、大手の組織事務所や建設会社の方も含めて数十人でコンバージョン(用途転用)研究会をつくり、ハード面を中心に調査・研究を始めました。しかし、転用するといっても、そもそも「都心のオフィスを改修して住みたい」と思う人がいなければ現実は動きません。ストック活用を進めるには、ヨーロッパの団地再生のように地域の課題や社会問題に対応し、不動産経営まで併せて考えることが重要なテーマになると意識するようになったわけです。
ちょうどその頃、私たちが考えていたようなことを実践する人たちが出てきました。それは東京R不動産の馬場正尊さんやブルースタジオの大島芳彦さんといった当時30代だった若い世代の方々で、既存の建築業のフレームを超えて、これまで「箱の産業」がつくってきた膨大なストックを豊かな生活の「場」に仕立て直す仕事を始めていました。
2005年頃からそうした活動が目に見えて増えてきたので、それを「場の産業」と呼んで、これからの建築はそういう方向を目指すべきだと言ってきたのです。