最近読んだ本が大変面白かったので、今回は本コラムの趣向を変えてこの場で紹介してみたい。取り上げるのは吉原 勇著「特命転勤 毎日新聞を救え!」(文藝春秋刊)である。新聞社と大手生保、政治家の絡み合う利害が、1980年代末の大阪で土地バブルに火を付けた。本書は、そのてん末を当事者の立場から告白している。

 著者は毎日新聞経済部の記者、デスクとして東京で活躍したあと、大阪本社に転勤して特命プロジェクトに関わった。彼の使命は、綱渡りの経営が続いていた毎日新聞の財務状態を改善し、さらに情報投資の資金を捻出するために、考えられる限りの手段を使って土地を高値売却することだ。

 毎日新聞大阪本社があったのは、北新地にほど近い1万4000m2(4300坪)の土地だ。今は、延べ床面積約10万m2の豪華なオフィスビル、堂島アバンザが建っている場所である。それまで1坪2800万~4000万円程度とみられていた土地価格を、著者は最終的に8500万円までつり上げることに成功する。彼は価格つり上げのためにどんな手を使ったのか。

 その一例が、敷地内にある印刷工場の存在を利用して、規制の穴を突いたことだ。当時すでに東京で始まっていた地価上昇を受けて、国は一定規模以上の土地取引に事前申請を義務付け、高値取引を規制していた。そこで著者は、単純な土地取引でなく、機械設備や技術的ノウハウを含む工場の取引であると役所に強弁して、入札を実行に移す。

 買い主を探すにあたっては、あり余る資金の運用先に困っていた生命保険業界に狙いを定めた。入札で一番札を取った日本生命保険の金額が毎日新聞側の目算に届かなかったことが分かると、同社は予定になかった2次入札を実施した。1次入札で2番札だった第一生命保険と競わせ、価格の上積みを図った。

 あの手この手で相場より600億円も水増しされた土地代金の一部は、大阪本社の移転先となる西梅田の国有地払い下げ工作に使われた。毎日新聞は政治部記者を巻き込んで有力政治家に働きかけを行い、自民党総裁選で巨額の政治献金が動いたという。この取引を契機に、大阪にも本格的なバブルが到来。その後は坪1億円を超える土地取引も生まれた。

 「不動産鑑定士に、鑑定評価額を2週間前のものより(坪単価で)1000万円高くしろと指示したら、目を丸くしていました。こんなことは初めてだと言って泣いていましたわ」。入札に臨んだ生保担当者のコメントが、当時の雰囲気をよく伝えている。バブルの仕掛け人による、ざんげとも自慢話ともとれる告白本だが、不動産業界で働く読者なら興味を持つこと請け合いだ。

本間 純