「日本の感覚ではあり得ない値付けだ。いったいどういう計算をしているのか」――。大阪の不動産関係者がいぶかるのは、モルガン・スタンレーグループが2月に取得した伊藤忠ビルの価格、約320億円である。今回の取引価格を土地1坪あたりに換算すると約2800万円。本誌6月号(5月20日発行)掲載の売買分析によると、周辺賃料から推定したNOI(純収益)利回りは3.0%だ。

 伊藤忠ビルは本町のビジネス街にあり、目抜き通りの御堂筋に面している。この一等地で、約2万6000m2のオフィス床が貴重な存在であることは間違いない。だがこの物件特有の条件を考慮すると、割高感は強まる。

 ビルは竣工から約50年を経ているが、区分所有であるため建て替えが難しい。賃貸運用する場合でも、借地の契約期間が切れる、2017年以降の収益性が不透明だ。テナントを入れ替えて賃料アップしようにも、受け入れ先となるビルの不足が立ちはだかる。ある入札参加者が付けた値段は200億円台前半。想定価格を聞いただけで、入札参加をあきらめた国内ファンドも複数ある。

 ただし、そこは強気の値付けで数々の大型物件を手に入れてきたモルガン・スタンレーのこと。今後の運用についても確固とした勝算があるのだろう。従来に比べて、目標利回りの低い長期運用型のファンドにシフトしている可能性も考えられる。

 国内のある不動産ファンド担当者は、別の見方を示している。「入札での勝負を分けるのは、リスクを取る能力。経験、資産規模ともに国内勢に勝るモルガン・スタンレーなら、膨大な運用実績データを蓄えているはずだ。金融工学を駆使してそのデータを分析し、リスク・プレミアムを極限まで小さくすることで高値、低利回りでの物件取得を可能にしているのではないか」。

 不動産への投資は、伝統的な株や債券への投資と比較してリスクが高いとされてきた。しかし、モルガン・スタンレーのような外資大手は、すでに不動産を低リスク資産として扱う技を身に付けてきているというのだ。

 バブル経済崩壊後、日本の不動産を元手に高い利益を上げた海外のプレーヤーを、国内のライバルは必死で追いかけてきた。しかし、今ふたたびその背中が遠のいている気がする。

本間 純