暮らしの質を高める「職住近接」指向
保井 いまのような産業集積の話をする時に抜け落ちがちなのが、「職と住の統合」という視点です。
木下 東京は日本中から人を集め、郊外に住宅を開発して電車で中心部に通勤させるモデルでやってきました。しかし、いま職住近接の都市環境が世界的にも人気です。東京の都市政策として、住む場所と働く場所を併せて再設定する視点の都市政策があるかというと…
保井 ないですね。
木下 そこが都市更新をしていく上で、もったいないですよね。
世界の都市を見れば、職住近接をしこう志向する産業の集積は結構進んでいます。特に米国西海岸の新興企業なんて変化が激しいですよね。ほんの10年ぐらい前までは郊外にこぞって皆がオフィスを構えて、毎朝みんなが高級車に乗って通勤していた。ところが近年、スタートアップは、街なかの古いビルをリノベーションし、社員は近隣に住んで自転車や徒歩で通勤。夕方以降も、街なかで飲食などを楽しむライフスタイルが人気になっていますね。
アメリカのみならず、ヨーロッパでもアジアでも住む場所と働く場所が極めて近い職住近接と、その都市の食や文化の蓄積が重要になっています。どう働き、どう暮らすのか、という両面がないと良い社員も集まらない。
逆に、そのような構造に対応できる企業も立地し、人々が自宅と会社の間で様々な消費も行うようになれば、都市経済も成長する。東京は食も文化も集積しているにもかかわらず、自宅と職場の関係が再設定されておらず、未だに高度経済成長的な価値観で取り残されているようにも思います。
保井 一方で、東京にも新しいライフスタイルに対応するエリアが出てきていますよね。
木下 東京も、都心回帰で職住の接近は進んでいると思いますが、特定産業にとって優位なエリアのすみ分けなどは都市戦略として明確になっていません。特区なども都内のどこもかしこも国際的な企業の立地、というふうになり、「通勤」を前提とした都市づくりも変わりません。都市生活のトレンドの変化を受け止める必要があると思います。
競い合うには生産性の向上が本筋
木下 住む場所だけ、働く場所だけだったところに、うまく別のミックスが起こればエリア価値が高まる可能性はありますね。
都心部開発でもレジデンスとセットになったものは基本になりましたし、郊外でも二子玉川[写真1]のように住宅中心だったところにオフィス機能を入れていく変化もあります。元は問屋街だった蔵前などの変化も、とても面白いですよね。
保井 変わってきましたね、蔵前は。
木下 セントラルイースト東京(※)の取り組みから、あの辺りは面白くなってきていました。近年はさらに既存の雑居ビルなどのリノベーションで、ゲストハウスや新しい飲食店、物販店、住宅が増えています[写真2]。土地の上に紐付いている産業が時代によって置き換わる中で、旧来の都市の用途から変わり、再度、新しい価値によって満たされる。大規模な開発ではない方法でのダイナミクスを感じさせる場所です。
※神田、秋葉原など東京の東部を舞台とし、アート・デザイン・建築の複合イベントと並行して遊休不動産のリノベーションを進め、アトリエ、ギャラリー、ショップ、オフィスなどを誘致する活動
ここに来て色々なところで、20年ぐらい前には受け入れ難いとされていた価値観に日が当たるようになり、街の姿にまで及んでいます。だから、また20年たったら我々が単に住宅地だとか、オフィス街だとか、倉庫街だとか思っているエリアが様変わりを始めるのかもしれない。
そうした視野を持ちつつ、いちいち電車などに乗って出掛けなくても、そのエリア内で一定の暮らしを創造できる環境が、もっとあっていいはずなんです。
保井 非常に大事な視点だと思います。
例えば、これから進む品川・田町駅の開発だったら、ぜひ泉岳寺などの周辺住宅地、湾岸エリアや、そこに向かう運河なども視野に入れながら地域のブランドを統合して確立しなければならない。大丸有(大手町・丸の内・有楽町地区)なども、例えば神田エリアとの連携を進めると、もっと多様な職・住・文化が生きるエリアとしての現実味を帯びてくるはずです。
木下 産業構造が変わり、23区内は工場も閉鎖されて再活用されてきています。その際に、もっとエリア単位で産業のカラーを出し、そこに住み、働く。そうすれば移動コストが減り、全体で極めて生産性の高い都市に向かいます。
長距離通勤で奪われている日本人の経済的な損失の問題はずっと昔から言われているのに根本としては解決していません。都市としてリニューアルする際に、それを組み替えることを真剣に考える時だと思います。