10年前の2005年11月に発覚した構造計算書偽造事件で「姉歯」を生み出した建築界の構図は、あれだけ法制度をいじっても、いまだに何も変わっていない。建築界は発注者と受注者がいくつも連なる重層下請負が当たり前。その“建築生態系”では頂点に君臨する強者だけが力を持ち、末端は立場が弱いままだ。

 横浜市内のマンション「パークシティLaLa横浜」が傾斜した問題で、事業主の三井不動産レジデンシャル、元請け会社の三井住友建設、杭工事の一次下請け会社の日立ハイテクノロジーズをすっ飛ばして、二次下請け会社の旭化成建材が非難の矢面に立っている。杭工事の施工データを改ざんした報いと言えばその通りなのだが、なんだかおかしい。元請けや一次下請け、事業主の責任の所在が見えてこない。

パークシティLaLa横浜の杭工事の施工体制図。事業主は三井不動産レジデンシャル、元請け会社は三井住友建設、一次下請け会社は日立ハイテクノロジーズ。二次下請け会社は旭化成建材だったが、杭工事に関わったメンバーのほとんどは三次下請け会社だった(資料:旭化成、旭化成建材)
パークシティLaLa横浜の杭工事の施工体制図。事業主は三井不動産レジデンシャル、元請け会社は三井住友建設、一次下請け会社は日立ハイテクノロジーズ。二次下請け会社は旭化成建材だったが、杭工事に関わったメンバーのほとんどは三次下請け会社だった(資料:旭化成、旭化成建材)
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 国土交通省や自治体は、旭化成建材が過去10年間に施工した3040件の杭工事の調査を進めている。そのうち、データを改ざんした旭化成建材の担当者が関わった41件と、病院や学校などの公共施設の調査を優先的に調べるという。国民の不安解消に向けた第一歩だ。

 しかし、それで何がわかるのだろう。調べた結果に問題がなければ、安全宣言を出せるのか。

 決してあってはならないことだが、旭化成建材以外の工事会社が手がけた杭工事はすべて安全だと言い切れるだろうか。躯体工事は大丈夫なのか。防水工事は?設備工事は?内装工事は?……疑惑は際限なく広がっていく。

 今回の問題を「一担当者が意図的にデータを改ざんした想定外の不正行為」で終わらせてはいけない。なぜ不正を起こしたのか、なぜ一次下請けも元請けも監理者も不正を見抜けなかったのか、事業主(発注者)は善意の被害者でいいのか――。

 これらを解き明かして再発防止策を講じないと、建築界が失った信頼は回復できない。担当者1人に罪をかぶせてうやむやにしてしまっては、同様の不正が何度も起こり得る。不正の根っこに、建築界が抱える重層下請負の構造問題があるからだ。

個人の犯罪で済ませてよいのか

 10年前の構造計算書偽造事件は「姉歯」個人の犯罪と結論づけられたが、今回の問題も根っこは同じだ。工期やコストをめぐるプレッシャーが下請けを押しつぶし、プロとしての意識を欠如させ、不誠実な態度を誘発する。その一線を超えてしまった不正行為がひとたび明らかになると、社会を揺るがす大事件になる。

 今のままでは、プロの誰もが傍観者や被害者の立場から、いつ加害者になってしまうかわからない危険をはらんでいる。施工者だけでなく、設計者も、監理者も、事業主も、取引に関わる不動産会社も。発注者や受注者に関係なく。まるでロシアンルーレットのようだ。

 プロジェクトが複雑になって設計や施工が分業体制となり、細分化された各工程で実際に汗をかくプロの顔が見えにくくなっている。現場では管理しなければならない項目が増大し、本来最優先すべき品質がおろそかになっている。「責任施工」の名の下に、強者が弱者にリスクを押し付ける状態が日常化している。こうした構造を正さない限り、これからも「姉歯」は生み出される。

 なぜ不正が起こるのか。笑われるかもしれないが、「愛」がないのだと思う。自分たちがつくる建築への愛、一緒に仕事をする仲間たちへの愛、そして引き渡した後に住む人や利用する人への愛。嫌々やらされ仕事をこなすばかりでは、愛のない建築だらけになってしまう。

 性悪説に立って法制度をがんじがらめに厳格化するよりも、プロがやりがいや誇りを持って仕事に愛を注ぎ込める環境をつくることが先決だ。まずは、適正な工期と適正なコスト。誠実なプロが馬鹿を見ない建築界にしたい。

 ただ、弱者の受注者だけで建築界の悪しき構図は変えられない。発注者と受注者が一丸となり、建築界の足元をしっかり固めないと。東京五輪に浮かれている場合ではない。