運転免許返納を拒む高齢の主人公

 周造が「死ねと言うのと同様」と受け止めて拒むのは、運転免許証の返納だ。

 平田家は横浜市青葉区にあり、電車の最寄り駅からは徒歩20分の距離という設定で、路線バスの停留所も近くには無いようだ。自転車で駅へ行く選択肢もあるはずだが、周造は自家用車の利用に執着している。

 しかし、最近は加齢による身体能力の低下で運転の腕が怪しくなり、車体はあちこちにぶつかって傷だらけになっている。ダンプトラックとの接触事故まで起こす。そのため、子どもやその配偶者たちに免許返納を迫られる周造だが、「死ぬまで運転を続ける」と怒鳴り返す。そんな平田家に、より深刻な大騒動が――。

 全体として高齢化社会の諸問題を冷徹に見据えた内容だ。それでも喜劇にして笑わせるのはさすが山田監督だと思ったが、終盤にはやや深刻な場面もあった。同監督の『男はつらいよ』シリーズが人気を博した20世紀後半とはずいぶん違う時代になってしまったと、感慨を覚えた。

誰にもある交通手段への愛着

 それはともかくとして、周造は頑固でわがままなオヤジというキャラクターなのだが、免許返納を拒むのはその性格のためというより、一般市民の大部分にありそうな生活上の保守主義のせいであるように感じられた。

 頻用する交通手段に住み慣れた家のような愛着を抱くのは、誰にとっても、ごく普通のことではないだろうか。自家用車はいわば動く個室で、その点でも住宅に似ている。周造は行きつけの居酒屋の女将(風吹ジュン)を家族に内緒で乗せることもある。

 余談だが、筆者は自家用車を持たないが幼少時からの鉄道ファンで、特に寝台特急列車に愛着を抱いてきた。しかし日本国内では廃止が相次ぎ、ほとんど“全滅”している。乗りたいものに乗るなと言われるのがどれほど嫌な、またはつらいことかは、ある程度想像できるのだ。