2011年3月11日の東日本大震災から、丸5年がたとうとしている。日経コンストラクションでは3月14日号と3月28日号の2号連続特集で、復旧・復興の軌跡を振り返りつつ、この5年間で成し遂げた土木事業や新たに生まれた潮流などを紹介する。

 当ウェブサイトでは、各分野の識者に、この5年間の取り組みを総括してもらう。第1回は津波対策の動向について、東北大学災害科学国際研究所の今村文彦所長に話を聞いた。震災で「想定外」に対処できなかった津波シミュレーションの教訓を踏まえて、新たな技術が生み出された。

この5年間で大きく変わったのが津波シミュレーションの技術だ。リアルタイムで津波を実測しで浸水範囲を予測し、情報を伝達するまでの一連の流れを10分で可能にした。動画は2011年3月11日の宮城県気仙沼市の津波を再現している。共同開発のメンバーは、東北大学と関西大学、中央大学、徳島大学、防衛大学校、気象研究所、富士通研究所、港湾空港技術研究所、海洋研究開発機構。文部科学省のHPCI戦略プログラムの助成を受けて実現した。詳細は5、6、7ページ目へ(動画:東北大学)


――東日本大震災は、津波工学の分野でどのような転機となりましたか?

 震災前、三陸地方では明治三陸津波(1896年)を、宮城県や福島県では宮城県沖地震(1978年)単独や連動形を主に想定していました。今回はそれらの評価やハザード情報をはるかに上回る地震・津波が発生してしまったのです。

 改めて思うと、啓発や避難体制について有益なところはたくさんありましたが、多くの人命を守れなかったという点で、反省しなければなりません。これが大きな出発点でした。

 ただ、どんな対策を実施するうえでも想定は必要です。皆でぼんやりと防災対策を行っても効果がありません。重要なのは想定を上回った場合にどうするかです。今までは想定に対して頑張って防ごうと、それを突き進めるのが防災でした。

 けれども震災後には、対策が途中であったとしても、想定を超えるような場合も同時に考える、つまり、最初から想定内も想定外も両にらみで考えることが、私の研究活動で大きなウエートを占めました。

 震災後には、レベル1・レベル2津波という考え方が生まれました。防災施設などのハードでレベル1の津波はしっかり防御すると。人命だけじゃなくて、住宅や工場など地域を丸ごと守る。

 ただ、防御には限度があるので、限界を示してそれを超えたらレベル2と位置付けようと。そこでも少なくとも人命だけは守ることになりました。これは社会的コンセンサスが得られたのではないでしょうか。

東北大学災害科学国際研究所の今村文彦所長(写真:日経コンストラクション)
東北大学災害科学国際研究所の今村文彦所長(写真:日経コンストラクション)
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