たった3年で工事費用回収

 烏山頭ダムを天王山プロジェクトとする嘉南大圳は1930年に完成し、工事総額は5000万円を超えた。現代の金額では5000億円超に相当する。その20年ほど前に台湾で完成した4000km以上にわたる壮大な鉄道網の工事総額が2700万円程度であるから、いかに嘉南大圳がすさまじいプロジェクトであるかが想像できよう。

八田與一が技術者としての全てを注ぎ込んだ烏山頭ダムの堤上(写真:細田 暁)
八田與一が技術者としての全てを注ぎ込んだ烏山頭ダムの堤上(写真:細田 暁)
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 香川県に匹敵する広さの平野を、干ばつ、塩害、洪水の三重苦から、豊かな実りある緑の平野に変えた、人のためのプロジェクトであった。水源から平野を灌漑するために造られた水路の総延長はなんと、1万6000kmにも及んだ。

 しかも完成後は、工事にかかった費用を3年程度で回収できるほど、平野からは穀物、農作物の収穫が上がるようになった。たった3年での回収である。その後は、適切に維持管理することで富を生み出し続けることになる。土木とは、何も生み出さない土地に適切に人間が働きかけることにより、人間に恵みを与えてくれる国土へと変える偉大な事業なのである。

 八田は、今でも台湾の人々に神様のように尊敬され、慕われている。八田が人を大切にしたからである。

 1923年の関東大震災の発災後、日本は国難に陥り、このプロジェクトの資金の存続すらも厳しくなった。工事に関わる人を解雇せざるを得なかったのであるが、八田が作った解雇者リストの中には、非常に有能なスタッフたちの名前があった。

 「優秀な人はどこでも働ける。でも、普通の人はそうはいかない。みんなを食わせなければいけない」というのが八田の考えであった。もちろん、解雇するスタッフたちの働き先も必死で探した。プロジェクトが軌道回復してからは、解雇されたスタッフたちも皆戻ってきて、力を合わせて働いた。