「すごい写真、ドラマチックな写真を撮ろうという思いはなかった」

 しかし、その後の打ち合わせで、篠山氏の表情はどこか不満げだった。16年12月26日の撮影では、現場で働く人の姿がまばらだったからだ。年末の、しかも午後に下見を兼ねて撮影したのが理由だ。

 「やっぱり人だよな」。

 篠山氏のこの言葉で、17年1月27日の撮影方針が決まった。同日の撮影では、工事や作業が集中する早朝から動き始めるために、午前2時に東京を出発する気合いの入れよう。午前8時には撮影を始めた。「とても1940年生まれとは思えない」などと言うと篠山氏に叱られそうだが、そのエネルギーには毎度圧倒される。

整然と並べられたヘルメットや長靴は、現場で働く人の多さを感じさせる。篠山氏(写真右手)は真剣な表情でシャッターを切っていた(写真:日経コンストラクション)
整然と並べられたヘルメットや長靴は、現場で働く人の多さを感じさせる。篠山氏(写真右手)は真剣な表情でシャッターを切っていた(写真:日経コンストラクション)
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 2回の撮影を経て、篠山氏は次のように語っている。

 「ものすごく時間を掛けて、最終的にどうするんですかと東京電力の人に聞くと、『元に戻す』と。何もかも、事故前の状態に戻すことなんてできやしない。それでも現場で働く人たちは、住んでいた人に帰ってきてもらいたい、生活できる環境に戻したい一心でやっているんだ。すごく尊くて、やりがいのある仕事なんじゃないかと思う」。

 「未来に向かって、計り知れない長い時間を掛けて、それでも止めることなく続ける。そんな現場に触れた。すごい写真、ドラマチックな写真を撮ろうという思いはなかった。僕は、これから何年掛かるか分からない膨大な時間の中のある一コマに立ち会ったにすぎない。その気持ちを込めて、僕は撮った」。

 日経コンストラクションは定期購読が中心の雑誌だが、購読者でなくても今回の「現場紀信」を掲載した17年2月27日号だけ購入することも可能だ。1冊買いだと1520円(税込み)とかなりお高くなってしまうが、もしご興味のある方は、同号に収録した特集記事「図解・福島第一原発」と併せてご覧頂きたい。

篠山紀信(しのやま・きしん):1940年生まれ。日経コンストラクションで「現場紀信」を開始して8年目に突入した。この写真は、5号機の原子炉再循環ポンプの前で撮影したもの(写真:阿部 拓朗)
篠山紀信(しのやま・きしん):1940年生まれ。日経コンストラクションで「現場紀信」を開始して8年目に突入した。この写真は、5号機の原子炉再循環ポンプの前で撮影したもの(写真:阿部 拓朗)
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