多機能化を実現する「適度な攪乱」

 治水、生物多様性保全、利活用という三つの機能を維持するうえでのキーワードは、「適度な撹乱(かくらん)」である。撹乱は一般用語でもあるが生態学の専門用語でもあり、植生や土壌を物理的に乱すことにより、それまで特定の種に占有されていた資源を多くの種に解放する作用を指す。遊水地では、草刈りや土壌の耕起などが適度な撹乱に該当する。

 遊水地が治水施設として機能を果たすうえでは、いざというときに水をためる容積が確保されていることが重要である。遊水地内への土砂の堆積や樹林の増加は容積を損なうため、これらを抑制する規模の撹乱は治水機能の維持に寄与する。

 生物多様性の面では、撹乱と再生の動態が維持されていることが重要である。湿地の植生は、撹乱せずに放置すると3~4年でヨシが優占する高密度な植生に移行し、さらに年数が経過するとヤナギなどが繁茂する樹林へと移行する。

 それぞれの段階の植生は、異なる動植物にとっての生育・生息環境となる。例えばコウノトリが採餌(さいじ)するのは撹乱の作用が強い植生のまばらな場所だが、オオヨシキリが営巣するのはより安定したヨシ原やオギ原である。利用の面でも同様で、まばらな植生には眺望の良さのような長所があり、発達した植生には木陰の提供などの長所がある(写真4)。

写真4■麻機遊水地内での「おさんぽ会」の風景(写真:西廣 淳)
写真4■麻機遊水地内での「おさんぽ会」の風景(写真:西廣 淳)
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 生物多様性と生態系サービスの両面において、特定の状態が好ましいということはなく、撹乱の作用が強い場所から撹乱があまり生じない場所まで多様な場所が維持されることが重要である。