1層追加して屋上にガーデンを新設

 加えてユニークな点は、ルーフトップにガーデンを設けていることです。ワシントンDCの大部分の建物は10階建てが多く、新装図書館の屋上庭園は、隔離されたポケットパークといえます。この図書館の利用者だけでなく、周囲の人々にとっても、とても素敵な憩いのスポットなることでしょう。

改修後の屋上のイメージ。周辺の建物は平均10階程度であるため、緑化した屋上は、ビルの中のポケットパークとして、市民が集うことのできる憩いの場を提供する(資料:Mecanoo Architecten/Martinez +Johnson Architecture)
改修後の屋上のイメージ。周辺の建物は平均10階程度であるため、緑化した屋上は、ビルの中のポケットパークとして、市民が集うことのできる憩いの場を提供する(資料:Mecanoo Architecten/Martinez +Johnson Architecture)
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屋上ペントハウス(5階)の増築イメージ図。左手前が南。4階と5階の中央には、イベントホールを設け、生涯教育や文化発信の拠点として機能させる(資料:Mecanoo Architecten/Martinez +Johnson Architecture)
屋上ペントハウス(5階)の増築イメージ図。左手前が南。4階と5階の中央には、イベントホールを設け、生涯教育や文化発信の拠点として機能させる(資料:Mecanoo Architecten/Martinez +Johnson Architecture)
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 また4階には、本についての講義をはじめ、小規模のパフォーマンスやテクノロジーイノベーションの紹介、ディベートや音楽イベントまでを行える、多機能な講堂(オーディトリウム)を考案しました。

――そのほかに建築的な特徴は?

 新装図書館は、左右で性格が違います。右側コーナー(東南角)は、ナショナルポートレートギャラリーと斜め向かいに位置しており、公共的な性格が強く、左側コーナーよりも重要度が高いといえます。このビルのみが低層で、周辺は中高層ビル(10階程度)で囲まれています。またアメリカでは、図書館はホームレスの人々が日中を過ごす場所となっていますが、ワシントンDCのダウタウンは、特にホームレスの人口が密集している地域でもあり、ホームレスの人々への福祉的な配慮も行っています。

改修後の1階のイメージ図。左手前が南。北東の角(図の右)には、既存図書館に欠けていたカフェやパティオを配置し、娯楽的な要素を追加。南側正面両脇のコア内からは、1階、2階ともにスタッフ用オフィスを取り除き、階段部として拡張。“ソーシャルな階段”につくり変え、回遊性を高めている(資料:Mecanoo Architecten/Martinez +Johnson Architecture)
改修後の1階のイメージ図。左手前が南。北東の角(図の右)には、既存図書館に欠けていたカフェやパティオを配置し、娯楽的な要素を追加。南側正面両脇のコア内からは、1階、2階ともにスタッフ用オフィスを取り除き、階段部として拡張。“ソーシャルな階段”につくり変え、回遊性を高めている(資料:Mecanoo Architecten/Martinez +Johnson Architecture)
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 先に述べたように、ミース・ファン・デル・ローエとマーティン・ルーサー・キング・ジュニアという2人の人物を両肩に乗せながら、その2人をどう結び付けるかが、私自身の大きな挑戦でした。彼らのアイデンティティーを未来のために、ホームレスや恵まれない人々のために、図書館の中にどう結実させるかは、素晴らしい課題であり、インスピレーションにあふれるものでした。

 フロアプランについていうと、ミースの設計のタイポロジーのユニークな点は、4つのコラムの両脇にウイングを設け、中央には柱のない大空間を実現していることです。しかし既存の建物では、地上階でそれを実現しながらも、他の階ではレンガの壁で仕切られてしまっています。私は2階から4階までのこれらの壁を取り払いました。

改修前2階平面図(資料:Mecanoo Architecten)
改修前2階平面図(資料:Mecanoo Architecten)
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改修後2階平面図(資料:Mecanoo Architecten)
改修後2階平面図(資料:Mecanoo Architecten)
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 さらに、ミースのオリジナルな設計案では、階段部が後方にあり、スタッフスペース(2階と4階)が手前にありましたが、これらの配置を入れ替えました。すなわち両脇の階段を手前に持ってくることで、それらを「パブリック」なもの(ソーシャルな階段)に変えました。図書館とは、人々のためのもので、人々のための公共サービスである訳ですから。

 改修案では、ミースの設計案の「4つのコラム」を尊重し、その内部に「コラムフリー」の大空間をすべての階で実現し、階段部には我々、メカノアーキテクテンのスタイルを工夫した訳です。すなわち、設計においては、どの部分がミースで、どれがメカノなのかを、明確に区別させています。

 改修後の図書館は、「歩くことのできるビル」になるでしょう。外観はミースですが、中に入ると「メカノ・スタイル」という訳です。ミースの「M」、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「M」、メカノの「M」の「MMM」スタイルなのです(笑)。

南東からの正面エントランス(改修後)のイメージ。■所在地:901G Street NW, Washington D.C. 20001,USA ■敷地面積:約7038.52m2  ■延べ面積(改修前):3万7000m2 ■延べ面積(改修後):4万412m2 ■構造:鉄骨鉄筋コンクリート造(地下)・鉄骨造(地上) ■ 階数:地上4階・地下1階(改修前)、地上5階・地下1階(改修後) ■ 建築高さ:19.844m(改修後) ■ 屋上緑化面積:1997.42m2(5階)、1518.50m2(4階) ■発注者:ワシントンDC公立図書館(DCPL) ■当初設計者:Ludwig Mies van der Rohe ■ 改修設計者:Francine Houben(MecanooArchitecten)、Tom Johnson( Martinez +Johnson Architecture) ■プロジェクトマネジャー:Rauzia Ally /DCPL ■改修施工者:Smoot Gibane ■改修設計期間:2014年3月〜6月(コンセプト)、2014年9月〜15年12月(概略設計)、2016年1月〜17年5月(実施設計) ■施工期間:1969 年〜72年(既存)、2017年5月〜20年春ごろ(改修) (資料:Mecanoo Architecten/Martinez +Johnson Architecture)
南東からの正面エントランス(改修後)のイメージ。■所在地:901G Street NW, Washington D.C. 20001,USA ■敷地面積:約7038.52m2 ■延べ面積(改修前):3万7000m2 ■延べ面積(改修後):4万412m2 ■構造:鉄骨鉄筋コンクリート造(地下)・鉄骨造(地上) ■ 階数:地上4階・地下1階(改修前)、地上5階・地下1階(改修後) ■ 建築高さ:19.844m(改修後) ■ 屋上緑化面積:1997.42m2(5階)、1518.50m2(4階) ■発注者:ワシントンDC公立図書館(DCPL) ■当初設計者:Ludwig Mies van der Rohe ■ 改修設計者:Francine Houben(MecanooArchitecten)、Tom Johnson( Martinez +Johnson Architecture) ■プロジェクトマネジャー:Rauzia Ally /DCPL ■改修施工者:Smoot Gibane ■改修設計期間:2014年3月〜6月(コンセプト)、2014年9月〜15年12月(概略設計)、2016年1月〜17年5月(実施設計) ■施工期間:1969 年〜72年(既存)、2017年5月〜20年春ごろ(改修) (資料:Mecanoo Architecten/Martinez +Johnson Architecture)
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日経アーキテクチュアSelection 世界のリノベーション

日経アーキテクチュアが近年リポートしてきた国内外のリノベーション事例の中から、特に優れたものを厳選。未掲載の写真や資料を加え、ビジュアル度を高めて紹介する。

ザハ・ハディド氏の遺作となるベルギーのポートハウスのほか、フランク・ゲーリー氏、安藤忠雄氏など、世界の著名建築家による「新築を超える増改築」を掲載。国内のモダニズム建築の保存再生事例も、技術・法規面を押さえつつ実現過程を詳細にリポート。

定価:2400円+税

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  • 【プロローグ】五十嵐太郎が読み解く世界のリノベ建築史
  • 【PART1】欧州、歴史への挑戦 ─ 「守って攻める」名手たち
    ポートハウス(ザハ・ハディド)/ピエール・ブーレーズ・ザール(フランク・ゲーリー)/ブース・デ・コマース(安藤忠雄)/新カンプ・ノウ計画(日建設計ほか)
  • 【PART2】アジア、驚きの発想 ─ 世界が注目する新たな波
    ナショナル・ギャラリー(スタジオ・ミロー)/サイアム・ディスカバリー(nendo)
  • 【PART3】米国、公共施設再編 ─ 新築・リノベ使い分け
    マーティン・ルーサー・キング・ジュニア記念図書館(メカノアーキテクテン)/トレンド:NYの図書館に再生の波
  • 【PART4】モダニズム再生5選 ─ 「免震」「減築」で更新
    山梨文化会館ほか免震改修(原設計:丹下健三)/ロームシアター京都(原設計:前川國男)/春日大社国宝殿(原設計:谷口吉郎)/米子市公会堂(原設計:村野藤吾)/青森県庁舎(原設計:谷口吉郎)
  • 【PART5】ストック活用10選 ─ 機能転換で集客アップ
    ONOMICHI U2/HakoBA函館/旧本庄商業銀行煉瓦倉庫/戸畑図書館/旧桜宮公会堂/アーツ前橋/市原湖畔美術館/ドーム有明ヘッドクォーター/東京芸術大学4号館改修/東京大学総合図書館別館