本日11月20日、書籍「安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言」が全国の書店で発売になりました。本書は日経アーキテクチュア2016年11月10日号に掲載した特集「安藤忠雄、次代につなぐ」の記事をベースに、関係者の証言などを大幅に書き下ろして再構成したものです。

 安藤氏の書籍はこれまで数多く出版されていますが、作品集であったりインタビュー集であったりと、社会や建築界に対する安藤氏の挑戦を多角的な視点から位置付けたものは見当たりません。本書は、本人へのロングインタビュー、事務所開設以降の40年間に完成したプロジェクト50、安藤氏に公私で関わりのあるキーパーソン50人の証言という3つのレイヤーで、安藤氏の本質をあぶり出そうとしたものです。

 筆者は、2016年11月10日号の特集「安藤忠雄、次代につなぐ」が出たときに、次のような文章を当サイトの「編集長の見どころ」に書きました。

 「もしも建築界に安藤忠雄がいなかったら

 コラムの核となる部分を引用します。

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 「安藤氏がたまたま古本屋で見つけたル・コルビュジエの作品集に魅了されて、建築にのめり込んでいった、というのは有名な話です。この特集の取材中、『もし安藤氏がコルビュジエの作品集と出会わず、建築家になっていなかったら、日本の建築界は今とはどう違っていたか』をずっと考えていました。打ち放しコンクリートの建物が今より少なかった、といったデザイン面のこともあるだろうとは思いますが、おそらくもっと大きな変化は『建築界と社会の関係性』に表れたのではないか、と考えるに至りました」

 この後、建築家の隈研吾氏の言葉を引用する形で、「安藤氏の出現によって、建築家の言葉が“普通の人”にも届くようになった」ということを論じています。

 この特集のテーマが「建築の社会性」だったので、そういうまとめに持っていったわけですが、今回の書籍では、50人の関係者から「社会性」に限らず、「意匠」「技術」「営業」など様々な話を聞き出しました。そのなかで、改めて触れておきたいと思ったのは、「もしも建築界に安藤忠雄がいなかったら今の建築界に欠けていたかもしれないもの」の1つが、「境界を超える姿勢」であるということです。

 まず、「意匠」の面で言うと、安藤氏は「与条件を超える」ということを軽々とやってのけます。例えば、商業施設「TIME’S」。京都市街を流れる高瀬川沿い、三条小橋のたもとに安藤氏の設計による「TIME’S」が竣工したのは1984年。この施設の広場は、水際までレベルが下げられており、手を伸ばせば川面に届くほど。水際との間に柵などがないので、非常に親水性が高い場となっています。

「TIME’S」の1階テラス(写真:三島 叡)
「TIME’S」の1階テラス(写真:三島 叡)
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 そうした空間を実現するのは、当然、行政との交渉など、ハードルが高くなります。今でこそ「親水広場」という言葉をよく聞くようになりましたが、当時、こうした商業施設は極めて珍しかったそうです。それも、与条件としてそれがあったわけではなく、安藤氏から提案して自らハードルを上げ、それを実現したものです。

 「技術」で言えば、そもそもコンクリート打ち放しを現在のような「磨き上げた石のような高級仕上げ」に向上させるきっかけをつくったのは安藤氏ですし、六甲山の斜面地に立つ「六甲の集合住宅」(1983年竣工)では、建物の安全性を検証するためにいち早くコンピューターを採り入れています。

「六甲の集合住宅」第1期の遠景(写真:三島 叡)
「六甲の集合住宅」第1期の遠景(写真:三島 叡)
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 そして「営業」。かつての建築家は営業とは無縁で、「座して待つ」ことが常識でした。ところが安藤氏は依頼がなくても、提案を持ちこむことを当然としました。先の「TIME’S」も「六甲の集合住宅」も、後に別のクライアントにより2期が実現しています。いずれも、安藤氏の提案が時間をかけて実を結んだものです。

手前「TIME’S」の第1期、左奥が第2期(写真:三島 叡)
手前「TIME’S」の第1期、左奥が第2期(写真:三島 叡)
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中央が「六甲の集合住宅」第2期、左手前が第1期(写真:三島 叡)
中央が「六甲の集合住宅」第2期、左手前が第1期(写真:三島 叡)
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 もし建築界に安藤氏がいなかったら、いろいろな意味で建築の仕事は今よりも「狭いもの」になっていたように思います。

 「境界を超える」──。安藤氏自身の言葉で言えば「挑戦」。まさに開催中の「安藤忠雄展─挑戦─」は、安藤氏の本質を語るタイトルといえるかもしれません。

展示室の壁にスケッチを描く安藤氏(写真:日経アーキテクチュア)
展示室の壁にスケッチを描く安藤氏(写真:日経アーキテクチュア)
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 展覧会を既に見た方も、これから見る方も、本書を読めば、安藤氏の「境界の超え方」が重層的に読み取れると思います。つくり手自身が言うのも何ですが、「2700円+税」はとてもお得な、充実した内容です。

 なお、筆者は、安藤忠雄展で以下のイベントに参加します。まだ展覧会を見ていない方は、ぜひこの日に国立新美術館に足を運んでください!

生の安藤氏が間近で見られる!

安藤忠雄展ギャラリートーク「安藤忠雄×磯達雄×宮沢洋」

  • 2017年11月24日(金)午後3時~午後3時30分
  • 講師:安藤忠雄、磯達雄(建築ジャーナリスト)、宮沢洋(日経アーキテクチュア編集長)
  • 会場:国立新美術館(東京都港区六本木7-22-2)
  • 安藤忠雄展会場(企画展示室IE)内の「直島」の展示周辺
     ※展示室に入るには当日の観覧券が必要
  • 内容:大阪・安藤忠雄事務所(大淀のアトリエ)の改造の歴史について、安藤氏本人に聞く(変更の可能性あり)
  • 主催:安藤忠雄建築展実行委員会

公式の案内はこちら