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安藤建築が世界で評価される理由、藤森照信氏

建築関係者が見た安藤忠雄の実像(1)

2017/11/15

 日経アーキテクチュアは11月20日、書籍「安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言」を発売する。本書には安藤忠雄氏本人のインタビューに加えて、約50年に及ぶ設計活動から主なプロジェクト「50の建築」を厳選し、関係者50人へのインタビュー「50の証言」とともに掲載した。発売に当たり、「50の証言」のなかから建築関係者が見た安藤忠雄像をお伝えしたい。第1回は、藤森照信氏(建築家・建築史家)だ。

 安藤さんはいつも直接的で、連絡をくれるときも、建築を案内してくれるときも、人を介さない。今でもよく覚えているのは、「サントリーミュージアム」(現・大阪文化会館・天保山、1994年)の完成後、二川幸夫さん(雑誌『GA』創刊者)の命を受けて石山修武さんと一緒に見に行ったときのこと。大阪駅に着いたら安藤さんがぽつんと1人で立っていた。

安藤忠雄氏が設計し、1994年に完成したサントリーミュージアム(現・大阪文化会館・天保山)(写真:名執 一雄)

 大阪では当時、安藤さんは既にヒーローで、歩いていると「安藤さんと一緒に写真を撮りたい」と若い女性の2人組がカメラを手に近寄ってきた。安藤さんは「おお」と応じつつ、カメラを奪ってその2人を撮り、カメラを返したらすっと行ってしまった。呆気にとられたが、世間的な知恵のある人だと思った。

 安藤さんには一度、肉体的に負けたと思ったことがある。大阪でのシンポジウムを終えて、夜ご飯を一緒に食べようと焼き肉店に連れて行ってくれた。私は当時、食欲では誰にも負けることがなかった。テーブルを囲んでいた人たちが次々に脱落するなか、気付くと安藤さんと私だけが食べていた。

藤森照信氏。1946年生まれ。85年東京大学生産技術研究所助教授、98年同教授。2010~13年工学院大学建築学部教授。16年東京都江戸東京博物館館長に就任(写真:鈴木 愛子)

 そのうち私もギブアップしたが、安藤さんはまだ食べていた。夜の10時くらい、私はホテルに帰ろうと思っていたら、安藤さんは「これからプールかジムに行こう」と言う。それを聞いたとき、「かなわん」と思った。この肉体的な敗北感は後々まで残った。私は路上観察学会のメンバーから「動物の皮をかぶった獣(けだもの)」と言われたが、安藤さんは「獣の皮をかぶった怪獣」だ。

長井 美暁=ライター日経アーキテクチュア

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