IoT(モノのインターネット)住宅というと、大手住宅会社が手掛けるものという印象が強い。だが、そのイメージが大きく変わりそうだ。奈良県で年間約70棟の住宅事業を展開するSOUSEI(ソウセイ)が、全国の地場工務店と連携して、IoT住宅の普及に力を注いでいる。2017年5月からは、大阪本社を拠点にIT事業を本格的にスタート。加えて、18年6月には、IoT住宅の頭脳となる住宅用OS(基本ソフト)「v-ex(べクス)」の出荷を開始する予定だ。住宅とITの両方における、ビジネスとテクノロジーに精通する乃村一政社長が考えるIoT住宅とはどのようなものなのか、話を聞いた。

――地場の工務店がIoT住宅用のOSの開発に取り組むというのは珍しいと思うが、何がきっかけだったのか。

乃村一政社長(以下、乃村):「スマホのような住宅をつくりたい」と考えたのが根底にあるきっかけだ。

 私は2010年に住宅会社を設立したが、その前の職はITエンジニアだった。

 2008年頃のことだ。日本の市場に参入した米アップルのスマートフォン「iPhone」を見て衝撃を受けた。お金持ちであろうが、アルバイトの学生であろうが、みな同じハード(端末)に満足していたのだ。その鍵が、インストールしているアプリにあることに気が付いた。

 つまり、自分のライフスタイルに合わせて好きなアプリをインストールして、ソフトの部分をカスタマイズできることが物の価値観を変えた。これまでハード自体で判断していた価値が、ハードとソフトが組み合わさった状態でさらに価値を持つようになる。

奈良県で年間約70棟の注文住宅事業を展開するSOUSEI(ソウセイ)の乃村一政社長(写真:日経ホームビルダー)
奈良県で年間約70棟の注文住宅事業を展開するSOUSEI(ソウセイ)の乃村一政社長(写真:日経ホームビルダー)
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 このような物の価値の構築を住宅でも実現したいと考えた。住宅も、耐震性能や気密性能、デザインなど、基本となるハードがある。そのうえに、様々なソフト(機能)をカスタマイズすることができれば、住宅に新たな暮らし方、そして、新たな価値を生むことができる。

 そのためには、1つの住宅に1つのAI(人工知能)を搭載することが必要と考え、2011年頃からIT事業の可能性を模索してきた。

――欧米などでは、IoT住宅の関連技術や事業が進んでいると聞く。それらを活用せずに、住宅用OSを独自に開発する理由はなにか。

乃村:2012年、米シリコンバレーにあるNest Labs(以下、ネスト)という会社を知る機会があった。米アップルでiPod部門の上級副社長だったトニー・ファデル氏が2010年に創業した会社だ。エネルギーを効率的に使用するためのサーモスタット(室温調整装置)を商品化しており、OSを2つ搭載していた。きっと彼も私と同じ発想を持っているに違いないと思い、米国までファデル氏に会いに行った(注1)。

Nest Labsは2014年1月に米グーグルに32億ドル(約3600億円)で買収され、グーグルのスマートホーム戦略を担っている(資料:Nest)
Nest Labsは2014年1月に米グーグルに32億ドル(約3600億円)で買収され、グーグルのスマートホーム戦略を担っている(資料:Nest)
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 話を聞くと、ファデル氏も「住宅に人工の頭脳がやがて搭載される」と考えていた。ソフトをアップデートすることで住宅の機能が更新されて、居住空間や環境に関する情報が端末にグラフィカルに表示できるようになるとといったイメージも持っていた。

 ただ、欧米と日本では住宅に対する考え方に違いがあることから、欧米のアプリをそのまま日本に持ってくるのは難しかった。日本向けにローカライズする必要があるので手間も掛かる。それであれば、独自に開発するのが効率的と思い決断。そして、IoT住宅の頭脳となる住宅用OS(基本ソフト)「v-ex(べクス)」を開発に至った。

ソウセイが開発したベクス(写真:ソウセイ)
ソウセイが開発したベクス(写真:ソウセイ)
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――最初から昨今のIoT住宅のような住宅用OSを開発しようとしたのか。

乃村:最初に開発したのは、HEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)だった。2012年に、ハードもソフトもオリジナルでつくった。

 当時、建て主には、経済産業省が実施していた補助制度を活用してハードを導入してもらい、HEMSから得られるビックデータで収益事業化(マネタイズ)しようと考えていた。

 だが、数カ月後に補助事業が終了してしまい、建て主にハード購入の負担が発生したことから、事業継続を断念するに至った。その頃は10万円程度の導入コストを負担してまで「HEMSを使いたい」といったニーズがなかったからだ。

 事業は続かなかったものの、やり方次第では芽があることも分かった。大手企業から多くの問い合わせがあったことや、開発費用の調達も意外と容易にできたことが自信につながった。