山間の村に、川下の大企業の社員たちが通ってくるように

安達:いま、林業界隈のネットワークという話が出てきたので、続いて、山の立場から流域住民との循環をつくろうとしている中田さんにお話ししていただく。

山梨県北都留森林組合 参事 中田 無双 氏(写真:小林 淳)
山梨県北都留森林組合 参事 中田 無双 氏(写真:小林 淳)
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中田(山梨県北都留森林組合):私がいま住んでいる山梨県小菅村は、四方を山に囲まれた、ひっそりとしたところだ。

 ここにいる東京のみなさんが飲んでいる水道水の水はどこの森から流れてきたかご存知の方はいるだろうか。おそらく普段生活していると、そんなことは気にもしないだろうが、必ずどこかの森から流れてきた水をみなさんは飲んでいる。そんなところからでもよいから森について関心を持ってもらいたいと思う。

 今日は木材活用というテーマなので、木材の話を2つする。企業と一緒に取り組んでいることが一つ。二つ目は、山側である地元でさえ地元の木を使っていないということに気づき、一生懸命、自分たちでも使おうと動きはじめたという話だ。

 森林組合がどんな組織なのか、みなさんは多分ご存じないと思う。2011(平成23)年時点で全国に672の森林組合がある。ピラミッド型の組織で、そのうちの一つが私どもの組合だ。

 北都留森林組合は、東京都と神奈川県に隣接していて、山梨県のいちばん東の端にある。東京都に流れている多摩川の源流、神奈川県に流れている相模川の源流の一部に位置している。

北都留森林組合の位置付け(資料:中田無双)
北都留森林組合の位置付け(資料:中田無双)
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 最初に共有しておきたいのは、日本の木材自給率は約3割にとどまっているということだ。当然山で働く人も少なくなっており、経営はなかなか厳しいのが現状だ。60年代には林業従事者は全国で約44万人もいたが、いまでは約5万人まで減少している。

 これがどのくらい少ないのかというと、例えば国の特別天然記念物であるニホンカモシカは絶滅危惧種といわれているが、それでも全国に10万頭くらいいる。つまり林業従事者はニホンカモシカの半分くらいしかいない。まさに林業は絶滅危惧種で、何とかしなければいけない。山村に人がいなくなると山の管理もできなくなり、色々な問題が発生してくる。

 いまいちばん困っているのは野生のシカによる食害だ。この写真は伐採後に植林した山だが、山肌がまるで砂漠のようになっている。先ほどツクルバの中村さんから話のあった奥多摩のある場所で、植えた木も、下から生えてきた草も、みんなシカが食べてしまい、砂漠のようになってしまった。こうなると自然の山には戻らないので、何とかシカに食べられないように網を張り巡らせるなど色々な方策を取っている。ただ、ものすごくお金もかかるので困っている。

奥多摩などではシカによる食害で山が砂漠のように(写真:中田無双)
奥多摩などではシカによる食害で山が砂漠のように(写真:中田無双)
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 山間の村だけの取り組みで何とかしようとしてもできない。そこで、川の下流域の企業にこうした課題を解決していこうと呼び掛けたところ、ホンダ、JT、サミット、東急ホテル、サントリーといった企業が協力を買って出てくれた。私どもの山に入ってきてくれて、問題を一つひとつ一緒になって解決しようと、いま動きはじめている。

 これらの企業はまずはCSRの一環としてかかわって来てくれる。最初は森づくりというのは植林、木を植えるんだということで、植林への協力が多い。それが、お付き合いをしていくうちに、実は山に木を植える以外にももっとたくさんの課題、問題があるということを分かってもらえるようになる。そのようなものを一つひとつ応援していこうじゃないか、という関係が、いま出来つつある。いま名前を挙げた企業はいずれも大企業なので、それぞれ社員が何万人もいる。そのような方々が年間を通じて何度も我々の山に通って来てくれることで、色々な波及効果が出てきている。

 この写真は小菅村の「JTの森」で広場をつくる作業の様子だ。JTの社員と村民が一緒になって汗をかく。そうした活動を通じてコミュニケーションが深くなり、村の物を売るには企業はどんな応援ができるか、一緒になって考えてくれるようになる。このように、森づくりをきっかけに次から次へと色々な話が動きはじめている。

小菅村野「JTの森」における活動の様子(写真:中田無双)
小菅村の「JTの森」における活動の様子(写真:中田無双)
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地元の工務店は地元の木を使って家を建てていない

中田:もう一つの話に移る。山側は都会の人たちに「我々の木を使ってください」と一生懸命営業するのだが、地元の工務店では地元の木を使って家を建てていないということに気づいた。そこで、地元の工務店でも地元で建てる家に地元の木を使ってもらおうという取り組み「里まちネットワーク」をつくった。

 しかし、取り組みをはじめると課題が色々と出てきた。我々森林組合は工務店に丸太で届けることはできても、製品である製材で届けることができない。それをつなぐサプライチェーンがズタズタになってしまったからだ。家を建てる人、設計事務所、工務店、森林組合。山村の地域でもこれらの間に顔が見える関係はまったくないのが現状であり、課題だ。里まちネットワークではこれを一つひとつつなぐことを一生懸命やっている。

 地域材を7割以上使って家を建てることを目標にしている。建築関連法規に従って防火材を使ったり集成材を使ったりする必要があるので、地域材ですべてをつくることは難しい。こうした課題をクリアして、地域材を7割以上使ったものを「里まちの家」と名付け、建てて使ってもらうような運動をしている。モデルハウスをつくるお金はないので、実際に建てた家を見学会に利用させてもらい、口コミで1棟1棟、注文を受け付けている。

地域材を7割以上使った「里まちの家」見学会の様子(写真:中田無双)
地域材を7割以上使った「里まちの家」見学会の様子(写真:中田無双)
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 我々の森林組合では、経営理念として「森を中心とした持続可能な流域循環型社会の実現」を掲げて活動している。これまで色々な問題を自分たちだけで解決しようとしてやってきたが、結局解決できなかった。問題を解決するためには、色々な人とつながらなければならない。冒頭に水の話をしたが、山から街までをつなぐ川の流域で課題解決を考える方法が一つあるのではないかと思っている。流域が一つになって、水や空気だけではなく、文化や産物、人、そして木やお金も循環する社会を目指していきたい。

安達:自分たちだけでは地域の課題を解決できないと知ることが流域循環をつくることにつながるという、とても説得力のあるプレゼンテーションだと感じた。

 中田さんは元々サラリーマンで、十数年前に山に入られた。そのような目で見たからこそ、そこにいると分からなくなってしまう山の現状について、何がおかしいのか、どうしたらいいのかという発想が浮かび、いまの活動につながっているように感じた。

中田:木材には、材料としての「モノの価値」だけでなく、それにまつわる物語があると思っている。何十年前にだれかが山に植え、それを色々な人がかかわって育ててきた。その木にかかわる人々すべての物語も含めて、付加価値として何とか認めてもらえるような世の中になったらありがたい。そんなふうに思っている。