木造への取り組みから見えてきた課題と解決策

アーク不動産 開発事業部 部長 今井邦夫氏(写真:菊池一郎)
アーク不動産 開発事業部 部長 今井邦夫氏(写真:菊池一郎)
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今井(アーク不動産):アーク不動産は、大阪に本社を置く中規模のデベロッパーだ。当社では、木造建築をいくつか手掛けてきており、実際の事業を検討する中で、出てきた課題と解決策を紹介したい。

 1つ目は、当社で行っている芦屋高校跡地の活用プロジェクトだ。17年8月頃に着工する予定で、年明けに実施設計に入ることになっている。この敷地は、関西では屈指の高級住宅地のなかにある。当社がプロポーザルコンペで獲得し、事業を進めている。

 有料老人ホームとサービス付き高齢者向け住宅を整備する「終の棲家」をテーマにしたプロジェクトだ。有料老人ホームは6000~7000m2なので、規模が大きく木造にはハードルが高い。そこで、図面上の「A7」のコミュニティ棟の約600m2を木造で計画中だ。

市立芦屋高校跡地活用PJ 1(資料:アーク不動産)
市立芦屋高校跡地活用PJ 1(資料:アーク不動産)
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 A街区のサービス付き高齢者向け住宅は連棟戸建て型で、集合住宅型でないものを目指している。以下がそのイメージの模型だ。

市立芦屋高校跡地活用PJ 2(資料:アーク不動産)
市立芦屋高校跡地活用PJ 2(資料:アーク不動産)
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 事例の2つ目は、提案中のプロジェクトだ。兵庫県内の地方自治体から、塩漬けになっている土地について芦屋のプロジェクトと同じような戸建て型のサービス付き高齢者向け住宅の計画ができないかという依頼があった。

 これが現在検討中の素案だ。こちらで考えているコミュニティ棟は、約1000m2の規模だ。左側の小さな四角であらわしているのは、30m2くらいの戸建て型のサービス付き高齢者向け住宅だ。これについては、研究会で見学に行った岩手県住田町がつくった木造の仮設住宅が同等の規模で、安価で工期も短いと聞いたので、木造で挑戦したい。

採砂場跡地活用PJ:提案中(資料:アーク不動産)
採砂場跡地活用PJ:提案中(資料:アーク不動産)
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 最後に紹介するのは、S造と木造を比較検討しているプロジェクトだ。この敷地の外周には、従前建物の地下壁が残っており、柱を隅に持っていけないという制約がある。RC造では建物内に柱が出てきてしまい、使い勝手の悪いプランになる。そこで、1階をRC造、2〜5階を木造で軽くして、柱がフロアに出ない空間をつくる方針で検討している。

西宮北口駅前Ⅱ PJ:検討中(資料:アーク不動産)
西宮北口駅前Ⅱ PJ:検討中(資料:アーク不動産)
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 中小企業の視点から、木造に取り組む際の3つの課題を挙げたい。1つ目は「技術的見地からの課題」だ。やはり中大規模の非住宅木造はコストがアップする。設計事務所で非住宅木造をこなせるところは多くない。施工会社も中小企業の視点からすると依頼できるところは多くない。防耐火基準が厳しい建築では、木を現しで仕上げることの難度が上がり、せっかくの木造の良さが出せない。

 2つ目は「事業スケジュールからの課題」だ。先ほど補助金の説明があったが、補助金は申請時期が決まっているので利用しづらい。また木造の経験のない設計事務所だと、どうしても設計期間が長くなってしまう。コストについはS造などとの比較を求められ、両方を検討しなければならず、その分事業スケジュールに無理が生じやすい。

中小企業の視点から3つの課題(資料:アーク不動産)
中小企業の視点から3つの課題(資料:アーク不動産)
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 最後に「【融資・投資的見地からの課題】の現プロジェクトでの解決策」についてだ。これは最初に報告した芦屋プロジェクトのなかで直面した課題とその解決策だ。

 木造の税務上の耐用年数が短いことについて、これはメリット・デメリットの双方がある。メリットとしては節税効果が見込める。デメリットとしては、中小企業の場合はキャッシュフローが厳しくなる。これに関して当社は、今期も来期も黒字が予定されている。したがって、耐用年数が短いことは節税効果があるというメリットが大きく、木造を採用できた。

 補助金は総額が決まっているため、応募する企業が多数あると使えなかったり、補助額が少なかったりする。このため補助金を最初から収支に組み込みにくい。当社では、いまのところ補助金を利用していない。ただ、これも検討時の収支計算で利用していないというだけで、補助金とのスケジュールが合えばぜひとも利用したい。

 減価償却の金額が大きくなると会計上の利益が減り、現金が手元に残る。このことで、社内の了解を得ることができた。

 金融機関の融資担当者や投資家の木造に対する一般的な理解はまだまだで、「なぜ木造にするのか」と聞かれる。芦屋のプロジェクトでは、ほとんどが住宅で、非住宅だった一部を木造にするほうが、かえって安く済むということで説得した。

【融資・投資的見地からの課題】の現プロジェクトでの解決策(資料:アーク不動産)
【融資・投資的見地からの課題】の現プロジェクトでの解決策(資料:アーク不動産)
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小原(日経BPインフラ総合研究所):今井さん、ありがとうございました。柳瀬さんと今井さんの報告からも、デベロッパーも木造建築にかなり関心を持っているということが分かった。木造建築は、近年急速に技術的な解決策が見いだされ、補助制度も手厚くされている。課題は、やはりファイナンスだろう。融資、投資のハードルを下げるにはどうすれば良いか、それぞれの立場で話していただければと思う。まず、柳瀬さんから。

柳瀬(三菱地所):過去の歴史を振り返っても、新たな手法や新たな投資商品ができたときに、金融機関のハードルが高く、お金を借りづらい現象があった。それを突破する壁は、実績を積み上げることだろう。

 とはいえ、お金が借りられないと建物をつくれない。当面は、企業の与信力で借りるなどしてつくっていく。とにかく実績を増やすことが、全体に広がっていく最初のステップとして必要なのではないかと思う。

小原(日経BPインフラ総合研究所):今井さんからはいかがだろうか。

今井(アーク不動産):工務店が取り組める300~600m2の規模であれば、一般流通材などの規格品を使って建築できるので、コスト力も競争力もつく。中小企業の立場からすると、そのような小さな規模のものにどんどん取り組んで、特に地方で数を増やすことが大切だろう。一方、防耐火の制約で木造をなかなか建てることが厳しい地域もあるので、そうした制約のない地域で増やしていけたらいいのではないか。

小原(日経BPインフラ総合研究所):ありがとうございます。大手あるいは地方と、それぞれの立場によって木造への取り組み方は色々ありそうだ。では、建築の格付けや、あるいは融資の面から見て、いかがだろうか。伊藤さんお願いします。

伊藤(三井住友信託銀行):実績があると普及が進むという話があった。金融側からも、その方が好ましい。スムストック住宅の例を上げたが、住宅が築年数を経ても資産価値を維持しているという一定の証拠があれば、金融の立場としては非常に心強い。一方でこれからの優良な建築について、きちんと見極めて融資していかなければいけない側面がある。

 先ほどCASBEEの例も挙げたが、何らかの指標やラベリングがあって、それらが将来の優良な住宅や建築につながるのであれば、それに対してファイナンスをつけていくという姿勢がESG投資といった新たな見地からも評価されるようになってくるだろう。

小原(日経BPインフラ総合研究所):木造と環境はかなり相性が良いのではないか。16年4月からはBELS(建築物省エネルギー性能表示制度)も本格的に始まっているが、そのような環境の格付けと一緒に木造の格付けを創設するのも一つの手ではないかと考えられる。では、最後に林野庁の佐々木さんからお願いします。

佐々木(林野庁):今日はそれぞれの立場から話をいただいた。デベロッパーや金融機関など、木造に関わるさまざまな取り組みを意識しながら、ファイナンスについて総合的に考えて行く必要があると感じた。行政の役割はとかく補助金をつけるというイメージがあるが、例えば、表示制度をつくったり、表彰制度によって木造建築物の実績を評価したり、広報していくなどのバックアップのやり方もあると実感した。本日お集まりのみなさまにも、木造建築を広めていく第一歩にしていただければと思う。

「木材活用フォーラム2016」セッション3の様子(写真:菊池一郎)
「木材活用フォーラム2016」セッション3の様子(写真:菊池一郎)
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