日経BPインフラ総合研究所の主催で2015年度から開催している「中高層建築への木材利用促進の可能性について検討する研究会」は、16年度も参加委員を一部刷新して研究会を継続している。8月24日、「下馬の集合住宅」で実地研究を行った。13年9月に完成した1階が鉄筋コンクリート(RC)造、2~5階が木造の耐火木造建築だ。

 「下馬の集合住宅」は東京急行電鉄東横線の学芸大学駅からほど近く、駒沢通りに面して建つ。1階部分が鉄筋コンクリート(RC)造で、その上の4層が木造でつくられている5階建ての賃貸住宅だ。第41回東京建築賞/奨励賞や第18回木材活用コンクール/日本住宅・木材技術センター理事長賞を受賞するなど、小規模ながら、5階建てを木造で実現したことで注目を集める建物だ。

 日が傾き始めた頃に訪れたため、この建物の特徴である外周を覆う「木斜格子」が、内側からの明かりに透けて見てとれた。木でつくられている構造の特質が視覚的にも捉えることができ、印象的だった。

建物の北側、駒沢通り側から「下馬の集合住宅」を見る。ガラスのカーテンウオールの内側に木の斜材による格子が見える(写真:菊池一郎)
建物の北側、駒沢通り側から「下馬の集合住宅」を見る。ガラスのカーテンウオールの内側に木の斜材による格子が見える(写真:菊池一郎)
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 設計に当たったKUS代表取締役の内海彩氏は、「中高層建築への木材利用促進の可能性について検討する研究会」の委員でもある。内海氏らは、01年頃から研究者や設計者などを中心とした有志で、木造の高層化の可能性について研究を始めた。この活動が新聞で取りあげられた。その記事を読んで「ぜひ、木造で集合住宅をつくってほしい」と話を持ち掛けたのが、「下馬の集合住宅」の建築主だ。

 最初に相談があったのが03年末頃で、その後、曲折を経て13年9月に建物が完成した。足掛け10年の息の長いプロジェクトだった。

 内海氏は、建築主の木造へのこだわりについて「人が暮らす空間は木造が良いと感じている。社会に残す資産として、木造の集合住宅をつくることに明確な意志を持っている」と説明する。

 計画がスタートした03年末頃は、木の耐火部材が一般的でなかった。そこで、主要構造に当たる柱・床・屋根について大臣認定を取得するなど、時間と手間を多く要した。構造についても、木造で4層という例がなかったこともあり、構造評定で詳しく審査されることになった。

 こうした難題をクリアし、06年1月に建築確認が下りた。しかし、木造ということが障壁となり、今度は金融機関の融資が思うように決まらない。さらに追い打ちを掛けたのが、05年11月に起こった構造計算書偽造事件だった。このとき着工していない案件については、その後の改正建築基準法による新たな要件に基づき、再度建築確認を出し直す必要が生じた。そして08年9月のリーマンショックが重なったこともあり、3年程度、計画は中断することになった。

 09年3月、プロジェクトは再スタート。限界耐力計算から保有水平耐力計算に変更し、構造評定を取り直した。10年10月には「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行。その後、耐火部材の開発も徐々に進み、中大規模木造建築についての補助制度が創設されるなどの追い風もあった。

 11年3月に再度建築確認が下りるものの、東日本大震災が発生し、金融機関との交渉の難航もあって、着工は12年8月に延期。そして、ようやく完成したのが13年9月と、波瀾万丈のプロジェクトだった。内海氏は「数々の困難があったが、建築主の木造へのこだわりがぶれなかったことで実現にこぎ着けることができた」と話す。

(資料:KUS)
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「下馬の集合住宅」についての質疑に応じるKUSの内海彩氏(写真:菊池一郎)
「下馬の集合住宅」についての質疑に応じるKUSの内海彩氏(写真:菊池一郎)
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