伝承する図面と計算書
今回行う大改修の設計において、参考にしているのは先人たちが残した数千枚にも及ぶ解析結果や計算書、手書きの図面である。最近では日本でもBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)の導入が増えてきているが、アラップのシドニー事務所では2004年よりオペラハウスの手書きの既存意匠図や構造図を読み解き、BIMを実行し、これまでの改修や修繕、運営に活かしてきた。
既存の図面を見ると、長さの単位にインチ、フィートが、重量の単位にキップが使われている。単位の違いに驚かされるものの、既存の図面1枚1枚からは、50年、60年前の技術者と実際に会話をしているかのように、設計に込めた思いが明確に伝わってくる。
当時は、自由形状の構造物を解析できるプログラムや、3D CADがあるわけもない。オペラハウスの設計を行う以前はまだ建築物を構造解析するに当たってコンピューターは使われていなかったのである。
しかし、この複雑な形態の構造物を解析するために、世界中の社内スタッフから建築技術者や数学者が集められ、1からプログラミングを行ったのだ。オペラハウスの設計当時から開発を始めた自社開発の構造解析プログラムは、今もアラップの主要な解析プログラムの1つとして使用されている。我々は、今後50年、100年と次の世代にこのバトンを渡すために、既存部・解体部・改修部を含めてモデリングを行い、それを用いて設計している。
1946年にオーヴ・アラップが会社を設立して以来、アラップは70年以上にわたりヨーロッパ、アジア、オーストラリア、アメリカ、アフリカ、中東ほか、世界約160カ国以上でプロジェクトに携わっている。そのなかでもこのシドニーオペラハウスは、最も長い年月をかけてクライアントと密接に建築の保全に関わってきたプロジェクトだと言える。
設計当初から今までの間、構造だけではなく、ファサード、火災安全、セキュリティー、メンテナンス、照明など世界中の多様な分野の専門家がこのプロジェクトに関わってきた。現地の人しか知り得ないローカルの情報を分野や国境を越えて共有し、客観的な視点で議論ができる。過去から未来へと引き継ぐ、普遍的価値を持つ世界遺産にふさわしいコラボレーションである。
プロジェクト概要
- クライアント:Sydney Opera House Trust
- 総面積:約9万m2
- 建物高さ:65m
- 新築時総工費:約1億200万豪ドル(1973年当時 約400億円)
- 改修総工費:2億200万豪ドル(約160億円)
- デザイン監修:Jan Utzon
- コンサート劇場の改修 意匠設計:ARM Architecture
- JST(Joan Sutherland Theatre)の改修 意匠設計:Scott Carver architects
- 構造設計:Arup
- 竣工予定:コンサート劇場2021年後半、JST 2018年中旬
*シドニーオペラハウスの図版・動画はシドニー・オペラハウス・トラストの許可を得て使用している。
シニア構造エンジニア/ビルディングエンジニアリング
主な担当プロジェクトは、BMW Guggenheim Lab(NY, Berlin 11年竣工)、ミラノサローネ Panasonic "Photosynthesis"(Milan, 12年竣工)、小豆島 葺田パヴィリオン(13年竣工)、星野リゾート「リゾナーレ熱海」BIRD’S NEST ATAMI (14年竣工)、みんなの森ぎふメディアコスモス(15年竣工)、Macquarie University Incubator(Sydney, 17年竣工)、シドニーオペラハウス大改修(設計中)など