シドニーに地震は起こらない?

 日本で建築の改修と聞くと、耐震補強を思い浮かべる人も多いだろう。実は、シドニーオペラハウスが設計された当時、オーストラリアの建築基準法には地震力が定められておらず、建物の水平方向に与える荷重として風圧力のみが定義されていた。風圧力に対する検討は、風洞実験の結果と、自社開発したコンピューター解析の結果を比較しながら慎重に実施していた。基準法に地震力の記載がなくても、当時のエンジニアたちは地震力と同等の水平力(建物総重量の約10%の水平力)を前提に設計していたのである。

風洞実験の結果をまとめた計算書 (1959年) (資料:© Arup)
風洞実験の結果をまとめた計算書 (1959年) (資料:© Arup)
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模型を用いた載荷実験の様子(1960年)(写真:© Arup)
模型を用いた載荷実験の様子(1960年)(写真:© Arup)
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 オープンしてから16年後の1989年にオーストラリア南部のニューサウスウェールズ州で起きたニューカッスル地震は、同国史上最悪の自然災害となった。その後1994年に法改正がなされ、基準法にも地震力が定められたのである。

 今回の大改修に先立ち、地震力と風圧力の大きさを比較したところ圧倒的に地震力の方が支配的であった。それにも関わらず、再現期間2500年の地震力で構造計算を行っても、設計当初の構造には地震力に対する補強の必要がないことが確認されたのだ。

 最低ラインである建築基準法を技術者として適切に解釈し、それを満足したからと甘んじることなく、自然と真摯に向き合い建物を安全に設計する。構造性能に寄与しない無駄な贅肉をつけるのではなく、筋力をつける。建築技術者としてあるべき姿だ。

シドニー・オペラハウスの屋根の振動形状
屋根の振動形状(1次固有モード図)。地震の検討は、現行の基準法に準拠し応答スペクトル法を用いて実施した(動画:© Arup)