9月22日号の目玉記事の1つは、住宅特集「開いて守る両立プラン」です。特集はこんな前書きで始まります。

 「外部に『開く』ことで周辺住民との交流を促し、良好なコミュニティー形成につなげる集合住宅や戸建て住宅が増えている。一方、開き過ぎると住まい手のプライバシーを『守る』のが難しくなる。相反する『開く』と『守る』をプランの工夫で両立している事例から、開いて守る設計手法を探った」

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 外部に開いた住宅というのは建築専門雑誌では、さほど珍しくはありません。小誌でも、ここ10年間ほどは、掲載される住宅の多くが「開いた住宅」です。

 そうしたなかで今回の特集では、「開きつつ守る工夫」に焦点を当てました。具体的には東日本大震災の復興住宅である岩手県釡石市の大町復興住宅1号と天神復興住宅、同じく復興住宅である福島県矢吹町の中町第二災害公営住宅、東京都世田谷区のコーポラティブ住宅「Leco(レコ)」、埼玉県白岡市の分譲戸建て住宅「白岡ニュータウンプロジェクト」です。

 誌面では、配置図や平面図に「開く(=交流を促す)」「守る(=プライバシーを確保する)」を両立する工夫を書き込んで分かりやすく解説しています。

釡石市大町復興住宅1号のリポート記事の一部。設計は千葉学建築計画事務所(意匠)、大和ハウス工業(構造・設備)
釡石市大町復興住宅1号のリポート記事の一部。設計は千葉学建築計画事務所(意匠)、大和ハウス工業(構造・設備)

 逆説的な言い方になりますが、「開く」だけでなく「守る」ことでバランスを取り始めたことが、「開く流れ」の広がりを物語っているように思えます。これまで建築専門雑誌をにぎわしてきた“開くこと最優先”の住宅を住みこなせるのは、社会のなかでも一握りの人に限られていたでしょう。それに比べると、今回の特集で取り上げた住宅はどれも、「誰でも住めそう」に見えます。

 交流もしやすいけれど、そういう気持ちになれない人はこもることができる。こもっても気配は感じる。再び交流したい気持ちになれば、徐々に周囲と関わることもできる──。今回は自分で現地を見ていないので図面と写真からの印象でしかありませんが、そんなふうに見えます。今風にいうと、“リバーシブル・プラン”でしょうか。

 2014年9月25日号の住宅特集で、「戦後住宅60年史 成長期の間取り攻防」という記事を書いたことがあります。そのなかで、1970年代に外部と隔絶したプランの住宅が建築専門雑誌に増えた理由を、建築史家の藤森照信氏に尋ねました。藤森氏はそうした態度を「自閉」と呼び、こう説明してくれました。

 「前の世代の建築家が『社会』をテーマとした結果、表現の危機に陥った。例えばメタボリズムがそう。自分たちはそれとは違うということを示すには、いったん社会と切らざるを得ない。それで自閉した」

 藤森氏が自閉型プランを、社会のムーブメントというよりも、建築家の“表現”の問題として位置付けたことに「なるほど」と膝を打ちました。その視点で考えると、近年の多くの開放型プランも、つくり手の“表現”の域を出ていないものが多かったかもしれません。今回注目した「開いて守る」住宅は、時代の風を受けた本当の社会的ムーブメントとなる予兆があると思えるのですが、いかがでしょうか。