日経アーキテクチュア6月8日号は、3カ月に一度の「住宅特集」です。今回のタイトルは「省エネ義務化を追い風に 性能数値は設計の幅を広げる道しるべ」。省エネ住宅のケーススタディーです。

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 今年4月から、「建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律」(建築物省エネ法)に伴って省エネ基準の適合義務や届け出などの規制的措置が始まりました。スタート時の対象は延べ面積2000m2以上の非住宅建築物に限られますが、2020年を目標に、住宅を含めて対象は段階的に拡大します。

 そうしたなか、「『省エネ』を制約ではなく、一歩先んじて住宅設計の可能性を広げる道しるべとして捉える──。こうした視点から、先進的な取り組みに挑む設計者の事例などを紹介する」(特集の前書きより)というのが、この特集の狙いです。

 特集では、戸建て住宅(改修含む)を4件、集合住宅の改修を1件紹介しています。

 各事例ももちろん参考になりますが、個人的に「ぜひここだけは読んでほしい」と思うのが、特集冒頭に掲載した堀部安嗣氏(堀部安嗣建築設計事務所代表)のインタビュー記事「私が省エネに目覚めたわけ」です。

 正直、その意識の変化に驚きました。

 堀部氏は、住宅を中心に“流行を追わない”設計活動を展開してきた建築家で、2016年には「竹林寺納骨堂」(高知市)で日本建築学会賞作品賞を受賞しています。

 筆者が初めて堀部氏に取材したのは9年前。2008年9月22日号の住宅特集でした。そのときのインタビューで強烈に印象に残っているのがこの話です。少し長くなりますが引用します。

2008年9月22日号の住宅特集の一部
2008年9月22日号の住宅特集の一部

 「建築は何十年、何百年と残っていくものだし、そういう責任を負っています。設計者はそのために、建築における秩序をつくらなければならない。やや大げさな言い方ですが。

 数学と物理の考え方で言えば、建築は数学的な考えで設計するものだと思います。物理の世界は、相対性理論の発見で教科書が書き換えられるように、新しい定理が発見されると、それまでの常識がすべて覆されてしまいます。一方、数学の世界は定理を蓄積していきます。

 なぜ数学の定理が覆されないかというと、一つの約束事、ルールにのっとっているからです。例えばユークリッド幾何学では、二つの平行な線は絶対に交わらないと決めている。

 その公理に従って、次を積み重ねる。公理を外して数学を解く人もいるそうですが、それは一過性のものであって、本質的なアプローチではないでしょう。一つのルールにのっとって新しい定理を導き出すことが美しく、蓄積していく方法なのだと思います。

 野球で言えば、打ったら当然、一塁に走る。三塁には走りませんね。10年に一度くらい、トリックスターが三塁に走ったら面白いけれど、みんなが三塁に走り始めたら、面白くもなんともない。最近の建築は、みんながこぞって三塁に走っているように見えます。

 もちろん、今までのルールを破って新しい形をつくりたいという思いは僕にもあるけれど、公理やルールを無視して新しい建築をつくっても、一時のもので終わってしまいます。建築は蓄積しなければなりません。一過性のものは風景に対しての犠牲があまりに大き過ぎます」

 いかがですか。筆者がそれまで住宅設計で取材した建築家には、こんな“正論”を堂々と語る人はいませんでした。9年前から堀部氏の反骨精神が揺るぎないものであったことが分かります。