不動産市場透明度の総合ランキング(資料:JLL)

 日本の不動産市場の透明度は世界で25位、マレーシアやチェコにやや劣る――。米ジョーンズ ラング ラサール(JLL)が8月に発表したグローバル不動産透明度インデックスで、日本はまたも残念な評価を受けた。果たして、同調査はフェアな手法で評価しているのか。日本側に問題があるとすれば何が原因なのか。

 JLLの調査は世界の機関投資家、ファンドが各国の不動産市場へ参入する際の指標として、広く参考にされている。2年おきに実施しており、2004年以降の日本の順位は26位、23位、26位、26位、そして今回の25位と推移。先進国としては最低レベルに一貫して留まってきた。

 米調査会社のReal Capital Analyticsによると、東京は過去1年間の不動産取引高で見てニューヨーク、ロンドンに次ぐ世界第3位。さらに確立された登記制度や鑑定制度、独特の地価公示制度、4兆円規模のREIT(不動産投資信託)市場を持つ割には日本のランクは低い。他方、1位の米国を筆頭に、英語圏の国々がJLLランキングの上位を占める傾向は以前から一貫している。

 低い市場透明度によるリスクプレミアムは、日本の不動産のキャップレートをその分だけ押し上げている可能性が高い。これを定量的に検証することは難しいが、日本の不動産の価格を押し下げる効果を持つとみられる。逆に、市場透明度が上がれば参入者が増え、不動産価格も上がるだろう。

理由は英語資料の不足だけではない

 JLL日本法人の赤城威志(たけし)リサーチ事業部長は、「マレーシアと日本のどちらが高いといったように、順位1つひとつを云々するためのものではない」と前置きしたうえで、「日本は5段階評価で高の次にあたる中高に分類されており、透明度は比較的高い」と話す。2004年に51カ国だった調査対象は今回97カ国へと倍増しており、以前とほぼ同じランクを保っている日本は健闘しているという見方もできる。「ただし、経済規模との比較からいうと、25位は低く見えるのも事実だ」(赤城氏)。

 その具体的な理由に触れる前に、調査の概要を説明しておこう。これは一種の社内アンケートで、世界70カ国に展開するJLLのリサーチャーや支店幹部が、必要に応じて社外の実務家の意見も参考にしながら回答する。今回は5の大分類(サブインデックス)、13の小分類にまたがる83の質問項目を用意した。「何年前まで遡って不動産インデックスが入手できるか」といった定量的な質問と、「上場不動産会社の社外取締役の役割」といった定性的な質問が半々の割合だ。後者については1~5のスコアで評価する。

 集められた調査票は、一定のウェイトを持つ計算式で評価され、総合スコアが算出される。ランキングはこの総合スコアを並べたものだ。調査手法については米JLLのページに詳しい。

 JLLは米国企業であることから、一見、調査回答者の使用言語によるバイアスがあるようにも思える。ランキングで英語圏の国が上位にランクされ、日本が低位に甘んじている背景に、「日本語の壁」が影響しているのか。

 実は、83の設問のうち1つに、REITなどの英語開示資料の入手性を尋ねる項目があるため、英語圏の国々に一定のアドバンテージがあるのも事実だ。ただし、JLLの赤城氏は、同氏自身も含めて「現地の言葉を理解し、マーケットに通じた社員が回答している」ことで、言語バイアスの大半は排除されていると説明する。

 以下では、今回の評価につながった各要因を具体的に紹介する。日本市場の課題を、各項目ごとに示したのが下の図だ。JLLが公開したサブインデックスごとのスコアを基に、日本の順位を算出して示している。

サブインデックスごとの内容と順位(資料:JLL)

 世界10位と意外に高評価を受けたのが、投資インデックスの整備状況などを尋ねた「パフォーマンス測定」の項目である。赤城氏は、不動産証券化協会(ARES)の私募ファンド指数などの取り組みを念頭に、「まだ十分に市場に浸透しているとはいえないが、着実に進展している」と評価する。

 反対に、97カ国中51位と低い評価を受けたのは、「マーケットファンダメンタルズ」の項目だ。具体的には売買価格、成約賃料、空室率、新築着工件数、キャップレートといった各種市場データの入手性を示している。この点について赤城氏は、他の先進国と比べた「取引情報の圧倒的な少なさ」を指摘する。

 日本ではREITの情報開示レベルは高いが、それ以外の情報は取引所基準に基づく義務的開示がほとんど。実績アピールを狙って積極的に不動産取得、売却やテナント入居情報をプレスリリースで開示する傾向がある欧米不動産業界と異なり、閉鎖的な風土が残るのが実情だ。赤城氏は「オフィス市場については、REITやテナント仲介会社の開示資料がそれなりに整ってきた。これに対して、店舗や物流、ホテルなどの分野では、特に情報が不足している」とも付け加えた。

 日本が44位の評価を受けた「取引プロセス」の項目では、仲介会社が売り主・買い主の双方から手数料を受け取る「両手取り」の慣習や、共益費の算定根拠の不透明性などがスコアを下げる要因となった。家主に対してテナントの権利を過剰に保護していると指摘される、普通借家制度の存在も一因だという。

都市間競争への懸念材料

 赤城氏は「政府による個別不動産の価格データの公開が進めば、マーケットファンダメンタルズの透明性は劇的に改善する」と指摘する。米国の多くの州と英国、フランス、オーストラリア、シンガポール、香港などでは不動産登記による価格の記録・公開を義務づけているのに対し、日本では民間を除くと国土交通省によるアンケートベースの調査があるだけで詳細度、カバー率とも大きく劣る。価格を欠いた登記は、「規制と法制度」の項目で27位に留まる原因ともなっている。

 「グローバルな投資家にとって、東京の不動産市場は無視するにはあまりにも大きい。そのため、今は経験豊富な外資系のファンドを中心に、透明性が低いなりに工夫して投資している状況だが、将来の景気後退局面では、市場透明性を高めたアジア諸国との競争に敗れ、日本から資金が逃げていく恐れがある」と赤城氏は指摘する。

 多くの発展途上国が、欧米の制度をそのまま輸入する形で市場環境の整備を図ったため、世界でみた不動産市場の透明性は急速に向上している。特に「中国Tier1都市」、つまり北京と上海については、透明度スコアで日本に肉薄している状況だ。政府も含めた市場関係者が目先の問題にとらわれ、閉鎖的な風土を維持しつづければ、“ガラパゴス化”した日本の不動産市場がいつか世界に忘れ去られかねない。

本間 純