従業員のために寮や社宅を保有している企業も少なくありません。しかし、国土交通省の統計によると、法人所有の福利厚生施設は年々減少しており、社宅・従業員宿舎は1993年の165.9百万m2から、2008年には92.6百万m2まで減っています。
最近になっても寮・社宅の売却を進める企業は少なからず見受けられます。その背景には、人間関係が煩わしい、プライバシーがないといった理由で、寮や社宅があってもあえて入居しない人が増えているなど、従業員意識の変化があります。寮や社宅が、高度経済成長期に建てられたもので老朽化が進んでしまった、あるいはバブル期に建設されたため建物仕様が豪華で維持管理コストがかさむなどしてきたため、コスト削減の観点から売却に至るといったこともあります。
寮・社宅が減少傾向であることは紛れもない事実でありますが、寮・社宅が全く不要となったと言い切れるわけではありません。寮や社宅が高稼働率を維持しており、それほど維持管理費がかからない場合には、保有していたほうが有利である場合もあります。同じ立地で賃借するとなると、家賃負担が重くなる可能性もあるからです。また、寮や社宅での所属部署を超えたコミュニケーションが社内のネットワーク作りに寄与している点も否定できません。寮・社宅を手放す企業がある一方で、若手の人材育成の観点から独身寮を新設する企業があるのも事実です。
それでは結局、企業は寮・社宅を保有し続けるべきなのか、それとも借り上げなどの制度に切り替えるべきなのでしょうか。寮・社宅固有のメリット・デメリットを加えて、「保有」と「賃借」の一般的な違いを比較すると図表のようになります。寮・社宅を売却するか否かは、立地が魅力的か、老朽化しているか、現状の稼働率はどうか、管理費が負担となっているか、物件価格と賃料との関係はどうかなどを踏まえて、総合的に判断するべきなのです。
さらに、新しい動きとして、イヌイ倉庫は東京都中央区月島に大浴場、図書室などの共用施設を備え、複数の企業が利用可能な賃貸社員寮を建設することを発表しています。一般のマンションを借り上げる場合と比較して、人材交流などの寮・社宅特有のメリットを享受できるため、企業の新たな選択肢として広がりを見せていくかに注目が集まりそうです。
この連載は、新刊書籍「企業不動産の活かし方」(三菱UFJ信託銀行不動産コンサルティング部著)のなかから、著者の了解を得て抜粋または一部を編集したものです。書籍に関する情報は、こちらをご覧ください。
書籍「企業不動産の活かし方」の内容
企業を取り巻く経営環境の変化や不動産マーケットの動向などを豊富なデータで解説しており、不動産のプロにとっても、取引相手となる企業の戦略や動向を知るうえで、有用なヒントがちりばめられている。
- 第1章 企業不動産の取引の動向
- 第2章 減少する企業の不動産売却
- 第3章 日本企業を取り巻く経営環境と不動産
- 第4章 不動産事業の位置づけを見直す
- 第5章 企業不動産の新たな課題
- 第6章 企業不動産戦略ケーススタディ