MIPIM初日の3月6日、会場で配布された英Financial Timesの一面に、中国が2012年の経済成長率目標を7.5%に切り下げるとの見出しが踊った。同時期に開催された全国人民代表大会(全人代)での温家宝首相の発言を取り上げたもので、過去7年間維持してきた8%の目標を初めて引き下げ、経済運営の軌道修正を鮮明にした。“世界の工場”の減速は、参加者たちの間でも話題となった。

 最近の中国政府は格差是正に神経を使い、成長一辺倒の経済運営から、“和諧社会”実現へとかじを切っている。北京、上海などの大都市でここ数年深刻化した地価高騰に対しては、住宅難に苦しむ市民の怒りを背景として矢継ぎ早の対策を打ってきた。国際分散投資の普及を背景に投資家のアジアシフトが進むなか、こうした規制強化の流れは対中投資にとって大きなリスクとなっている。

 China: investment diversificationと題した同日のパネルディスカッションで、演壇に立った唐越(Tang Yue)弁護士は最近の規制動向について興味深いプレゼンテーションを披露した。同氏は北京の君合(Jin He)法律事務所のパートナーで、日本企業を含めた多くの外国法人の不動産関連M&Aのアドバイザーを務める。

中央政府が強力に介入、朝令暮改も辞さず

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君合法律事務所の唐越氏(写真:MIPIM)
 唐氏によると、最近導入された規制のポイントは主に三つある。第一は住宅用地として供給する土地の70%を低所得者向けの住宅に振り向けること、第二は土地の買いだめや投機の防止、第三は公有地の土地入札システムの改革である。

 中国の土地(利用権)取引の多くは北京、上海などの直轄市や地方自治体による開発用地の払い下げが占めている。投機的取引や無軌道な開発を防ぐため、これまで中央政府が個別の開発計画の事前審査を84都市で実施してきたが、さらに2011年10月から、沿岸部のセカンドティア、サードティアにあたる22都市を監視対象に追加した。

 不動産融資に関する規制も強化された。開発プロジェクトで土地取得から着工まで1年以上かかった場合、ローンの延長が許されないだけでなく、不良デベロッパーとして当局の“ブラックリスト”に載せられてしまう。銀行に対しては(落札後に転売された土地の)キャピタルゲインを担保評価に含めないよう指導しているほか、必ず開発途上の建物をセットに担保に取ることを義務付けて土地単体へのローン提供を禁じた。土地転売を抑止すると同時に、銀行のバランスシートの健全性を維持する対策だ。

 個人の住宅購入に関しても、2010年5月から「1世帯1戸」の規制が導入されている。これにより、別荘や貸し家、あるいは単なる転売目的の住宅保有が難しくなった。監視対象は北京、上海の郊外都市に加えて不動産取引が特に増加した地域で、当初30だった対象都市数は最近では46にまで増えた。頭金も政府の指導により1戸目(実住用)で30%に、2戸目は50%に引き上げた。

 唐氏によると、各自治体は経済と地方財政への影響が大きいこの規制に対し、「非常に後ろ向き」だが、中央政府は有無を言わせずこの政策を推進しているという。最近、上海市が規制緩和を発表した際には、直後に中央政府の指導が入り、方針を撤回させるという場面があった。

投資家は住宅開発にシフト、地価下落に機会

 外資系投資家の不動産取得に対する、政府の視線も厳しくなっている。自治体での審査に加えて、中央政府レベルでも個別の投資案件を審査して、それが長期投資か、投機的取引かを厳しく問うようになった。

 「上海など大都市での計画審査には、従来より非常に長い時間がかかっている。それが長期投資であることを役人に納得させる必要があり、例えば主な出資者がプライベートエクイティファンドだとしたら許可を得るのは難しくなる」(唐氏)。単純な物件取得よりも長期投資と認められやすいことから、開発プロジェクトに資金を振り向ける投資家が増えているという。

 一方で、低所得世帯に対しては2012年だけで700万戸の住宅を整備する計画だ。このために、2011年9月からは、地方銀行への信用供与など様々な支援策を導入している。さらに、政府は年初から北京と上海で、農地の貸し出しによる住宅への転用を認めるパイロット政策を導入した。これまで、農地の用途転換には、政府が農家から土地を収用して入札にかけるプロセスが必要だった。近い将来、ほかの大都市でも導入が進むことが予想される。

 中国の地価対策を表面的に見れば、悪名高い総量規制で急激にバブルをつぶした、1990年ころの日本をほうふつとさせる。その破局シナリオは、やや後退したユーロ危機の不安と並んで、最も大きな世界経済のリスク要因と言えるだろう。しかし実際の政策運営をつぶさに見ると、土地バブルを防ぎつつ、まだ貧しさの残る地方経済を浮揚させるという難題に対して、針の糸を通すような慎重さで取り組んでいるのがわかる。

 国家統計局によると、すでに上海など大都市の土地価格は対前年比で横ばいに転じている。これまでインフレ退治に躍起だった中央銀行の姿勢も、ここに来て微妙に変化している。会期2週間前の2月18日には、銀行の預金準備率を0.5%引き下げ、先進国の金融緩和に歩調を合わせる姿勢を示した。住宅ローン金利は2012年3月から、大都市の主な銀行で基準金利の0.85%に低減された。

 中国政府の一挙手一投足に、世界中の目が注がれている。

重慶市が主催したアジアランチ(写真:本間 純)

 長期的に見れば、中国の不動産市場としての魅力は健在だ。特に大都市では、高い教育水準を背景に中間所得層の増加が著しく、住宅や商業施設関連の成長が見込める。Cushman & WakefieldのJohn Stinson氏は、2025年時点において、同国で人口100万人を超える都市の数が200を超えると予想する。

 前述のパネルディスカッションで唐氏と同席したAXA Real Estateアジア責任者のFrank Khoo氏は、「地価が下落した今は住宅開発の好機」と話す。同氏によると、2009年には自治体の売り出し価格を70%上回って落札されていた土地の値段も、今はそれをわずかに上回る程度の水準まで低下した。AXAは今後5年間、中国で中間層向けの住宅に重点投資していく計画だ。一連の引き締めで資金不足に苦しむ地元デベロッパーとの合弁の機会を狙っていくという。

 なお、昨年の初参加ではカンヌに大人数を送り込んで、投資誘致を派手にアピールした四川省重慶市の代表団だが、今回は彼らのボスである薄熙来(Bo Xilai)書記の解任劇がリアルタイムで進展するのを、テレビ越しに目にしていたはずだ。MIPIMは皮肉にも、中国の政治リスクを再認識する場ともなった。

本間 純