三菱UFJ信託銀行不動産コンサルティング部は2009年7月、書籍「不動産マーケット再浮上の条件」(日経BP社)を出版した。不動産マーケットの低迷が続くなか、マーケットが復活するにはいったい何が必要なのか。書籍ではJ-REITやプライベート・ファンド、マンションなどのマーケットがどのように行き詰っていったかを解説したうえで、「再浮上」するためのヒントを探っている。書籍のなかから、早稲田大学川口有一郎教授へのインタビュー部分を抜粋して寄稿いただいた。3回にわたって連載する。

インタビュー 川口有一郎(早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授)
聞き手 野田 誠(三菱UFJ信託銀行不動産コンサルティング部 専門部長)

──前回のバブル崩壊後は、出口にJ-REITがあっただけでなく、途中のプロセスで、産業再生機構といった公的な再生機関や、さまざまな民間による企業再生ファンド、不動産ファンドによって債権が買い取られ、担保の呪縛から解き放たれた不動産が流通して出口に向かいながら、不動産マーケットが活性化したと記憶しています。今回は、そのような途中のプロセスはないのでしょうか。
川口
:まず、最初に断っておきますが、バブル崩壊後の日本は、非常に長いソフトランディングの道のりをたどりました。銀行はゆっくりと不良債権の処理を進め、企業のリストラもゆっくりと進行しました。それについては否定的な意見がありますが、一方で雇用が安定的に維持されたという事実も忘れてはならないと思います。今回は、2008年の不動産業を中心とする倒産の嵐や、製造業のリストラを見ると、間違いなくハードランディングになっています。
 したがって、不動産マーケットにおいても、しかけを細やかに作りこんでいる暇はないのです。
 とはいえ、前回の不良債権に相当するものとして、CMBSの問題があります。CMBSは、今後4年間で3兆~4兆円の償還を迎えると言われていますが、投資銀行が日本で発行して国内外の投資家に売り切って多くの外資が撤退してしまったので、CMBSの原資となる不動産ローンをリファイナンスするところがありません。過去から国内銀行が貸し出していた一定量の不動産融資の上に、CMBSのための不動産融資が乗っかって、その分がそのまま不動産マーケットの拡大を支えてきたわけです。一時的には、これがすっぽり消え去ろうとしているのですね。
 リファイナンスできなければ、不動産マーケットが悪いなかで、担保不動産を安く叩き売らなければならなくなるので、CMBSを買った投資家は損失を被ることになります。このインパクトが非常に大きいのではないかと懸念されているのです。

──新REITがあったとしても、その前にCMBS問題が立ちはだかるわけですね。これを解決するための方法はあるのでしょうか。
川口
:ここで公的資金を活用しなければならないでしょう。いまでも、企業の資金繰り難を救済するために、日本政策投資銀行などによる緊急融資の制度が整備されていますが、優良先にしか資金が回りません。そもそも一般銀行からの資金が得られない先は対象になりにくいのです。
 CMBS問題については、米国のバッドバンク*1のようなものが必要となるかもしれません。バッドバンクが買い取ったものに公的資金をパススルーで入れる。それを証券化して資金化し、返済原資を作るのです。では、その証券は誰が負担するのか。郵貯の資金でデットの証券を買うということが考えられます。例えば、10年の償還期限の「フラット10」を創るというのはどうでしょうか。本来であれば年金や生命保険といった長期資金の運用者がこの役割を担うべきですが、そうならないのが日本の不動産資本市場の問題です。

──何らかの形で公的資金を活用した方が良いというのはわかりますが、不動産のために公的資金を入れるというのは世論の反発が予想されます。もし、CMBS償還のための資金を税金で肩代わりし、10年経って元本が毀損したら、その負担は国民が負うことになります。
川口
:公的資金の投入というのは、金融機関や不動産会社の救済といった近視眼的なものでなく、日本国内の雇用と関連する問題だと思います。
 前回バブルの崩壊で、不動産、株が70%下落しても真正デフレに陥らなかったのはなぜでしょうか。しかも物価は、98年から2~3%しか下がっていないのです。当時来日した米国の学者などは、「バブル崩壊後の日本は全然不況ではない」と言っていました。私は、90年以降、日本では民間企業のB/S上の不動産に追い貸しがされたことによって、雇用が守られたからだと考えています。追い貸しで雇用悪化を止めている間に、97~98年に不良債権処理でディレバレッジ*2が始まりましたが、そのときに不動産市場は底を打って、真正デフレに繋がらなかったのではないでしょうか。
 実際、この追い貸し効果が最もはっきりと表れたのが住宅です。戦後、人口成長率と住宅着工戸数のグラフはきれいに相関していましたが、87年ぐらいからはオーバーサプライになっています。バブルの崩壊で、本来なら住宅着工は下方に向かうはずでしたが、これが伸び続けたのです。地価は下落しているので資産効果として資金が住宅に流れる動機はなくなっていましたが、住宅・建設産業を通じて国内に資金が流れていたのです。結果として、いまは700万~800万戸の過剰家屋があり、空室率は17%に達しています。この例は、短期の経済対策としては良いものであっても、長期的には市場の健全性を損ねる、という政策の難しさも示しています。
 ところが今回は、不動産が下方に向かっている最中にディレバレッジが進行しています。このままでは、真正デフレに入る危険があります。したがって、不動産を守るというよりは、雇用を守るために、公的資金を使うべきなのです。幸い、今回の日本の銀行の不良債権損失額は2004年当時の金融危機脱出直前の水準ですから、それほど多くの公的資金が必要ということではありません。繰り返しになりますが、不動産業の救済ということではなく、日本の資産価値防衛のためのDIPファイナンス*3です。

*1 金融機関の不良資産買い取りを目的とする機関
*2 レバレッジの縮小
*3 事業再生融資

この連載は、新刊書籍「不動産マーケット再浮上の条件」(川口有一郎、三菱UFJ信託銀行不動産コンサルティング部著)のなかから、著者の了解を得て抜粋または一部を編集したものです。書籍に関する情報は、下記のサイトをご覧ください。