三菱UFJ信託銀行不動産コンサルティング部は2009年7月、書籍「不動産マーケット再浮上の条件」(日経BP社)を出版した。不動産マーケットの低迷が続くなか、マーケットが復活するにはいったい何が必要なのか。書籍ではJ-REITやプライベート・ファンド、マンションなどのマーケットがどのように行き詰っていったかを解説したうえで、「再浮上」するためのヒントを探っている。書籍のなかから、早稲田大学川口有一郎教授へのインタビュー部分を抜粋して寄稿いただいた。3回にわたって連載する。

インタビュー 川口有一郎(早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授)
聞き手 野田 誠(三菱UFJ信託銀行不動産コンサルティング部 専門部長)

──今回の金融危機によって、不動産マーケットはどのようになっていくのでしょうか。
川口
:短期的には「失われた10年」の時代に引き戻されます。今回難しいのは、出口のイメージが描けないことです。前回の日本のバブル崩壊時は外資、投資銀行の存在があって、彼らが日本の不動産マーケットでビジネスを行えるようにすることで、不動産マーケットを活性化させ、日本の銀行の不良債権の処理を進めることができました。ところが、今回、その欧米の投資銀行が作り出した金融商品が傷つき、彼らのビジネスモデルが機能していません。実際、投資銀行は破綻したり、商業銀行の持株会社の傘下に組み入れられたりし、各国の政府の管理下に置かれるようになっています。今は2003年ころの「金融不況脱出の夜明け前」あたりの印象です。この流れのなかで、今後3~5年間の金融システム・資本市場をどう描けるのかということだと思います。
 現在の状況であれば、世界的に見て、しばらく資金の供給や支出は公的資金に頼らざるを得ません。欧米の銀行は国の関与がまだ続くでしょう。中国も政府の決定で資金配分を決めていますので、その意味では同じ方向性になります。少し前にはSWF(Sovereign Wealth Fund。政府系ファンド)という政府系の運用資金が投資市場に存在感を持ってきていることが話題になっていましたが、今はSWFどころでなく、各国の政府そのものが金融や経済を支えなければならないのです。

──公的資金といえば、日本のバブル崩壊の時も、1997年~1998年に公的資金の注入で銀行を支えました。
川口
:今回の特徴は、「100年に1度」と言われるほどの未曽有の急激かつ大幅な不況をしのぐための公的資金であるということです。銀行には、国と企業のブリッジ役が期待されています。一部の地方を除けば、日本では銀行に直接大規模な公的資金を注入する必要は、いまのところなさそうです。しかし、不動産ファイナンスという意味では、新たに公的資金に期待する役割が出てきています。
 今回は欧米の金融危機ということであって日本の銀行の傷は大きくありませんが、日本の不動産には資金が回ってこなくなっています。不動産を保有する主体が資金を借り換えできないので維持できず、売りに出しても買い手がいない。すると価格が下がって担保価値も下がり、ますます資金調達ができない。こうした負のスパイラルに陥っています。これを脱するためには、不動産を保有する主体が公的資金をブリッジローンとして一時的に利用して、マーケットの回復を待てるようにすれば良いのです。これは、米国の銀行が公的資金に頼っている図式とは異なるものです。

──つなぎ的な資金調達ができるようになっても、不動産の買い手が出てこなければ不動産は動きません。何か受け皿が必要なのではありませんか。
川口
:受け皿はなにか。実は、前回はJ-REITだったのです。不良債権を処理するためには、担保となっている不動産を動かして価値を顕在化させなければならない。動かすためには目的地を与えてやる必要がある。極端な言い方をすれば、前回は国が意図して受け皿としてのJ-REITを企画したとも言えるのです。米国で自然発生的にできたREITは当初、規模が40億~50億円でした。しかし日本では、最初から1000億円規模のものができたのですから、政策的な後押しがなければできなかったと考えます。

──それでは、日本の不動産マーケットに必要な次の受け皿は、どんなものだと思いますか。
川口
:それは「新REIT」だと思います。米国の歴史を見ていると、10年ごとにREITはモデルチェンジをしているのです。ですから、日本でも、大手不動産会社が先導して新しいREITを出す。これが一つの出口だと思います。

──新REITは今のREITとは何が違うのですか。
川口
:例えば、いまのREITの問題として、導管性の要件*を満たすために内部留保がほとんどできないので、物件売却に頼る以外に銀行からの借り入れを返済する原資が作れないということがあります。不況期には、利子は返済できますが元本が返済できないのです。これについて銀行は、投資口主(株主)の利益のためになぜ元本が返ってこないリスクを取らなければならないのか、うすうす疑問を感じているわけです。J-REITの資産規模が右肩上がりで成長している時はまだ良かったのですが、成長が止まればなおさらです。
 昔の米国では、売却益は導管性の要件に入っていなかったので、売却益は配当に回さなくても良かったのです。インカムゲインのみが配当の対象で、売却益を内部留保していれば、銀行は自分たちの融資分もケアされているのだと安心できるでしょう。

* 税法上、配当などを損金算入するための要件。配当可能所得の90%超を配当することなどが求められる

この連載は、新刊書籍「不動産マーケット再浮上の条件」(川口有一郎、三菱UFJ信託銀行不動産コンサルティング部著)のなかから、著者の了解を得て抜粋または一部を編集したものです。書籍に関する情報は、下記のサイトをご覧ください。