ライター篠田氏の展示会場レポート2回目は、日本を含む欧州以外の都市のブースの様子をお伝えしよう。今回の一番顕著な変化は、昨年まで人目を引いていたドバイのブースが会場から姿を消したことだ。


 今年のMIPIMでは、「ドバイを見習え」から「ドバイになるな」が合い言葉になった。会場の雰囲気を支配していたのはバブル的な投資に対する反省と、深刻化する金融危機への警戒心だ。

 一方で、これまで外資に対して閉鎖的な政策を取ってきた国や開発途上国では、意外に金融危機の影響が少なくて済んだようだ。欧米から遠く、知名度も今ひとつな都市が元気な姿を見せたのも、今回の特徴だろう。


アブダビとバーレーン:堅調な経済を強調

 中東からは、アラブ首長国連邦で最大の面積を占めるアブダビと、その北西の島国バーレーンが出展した。

バーレーンの洋上プロジェクト(写真:筆者)

 「隣国ドバイは石油が出ないため、金融と不動産に頼って発展を焦りすぎた。アブダビは貸し手となることがあっても借り手になることはない、経済は安定している」と、同国のデベロッパーであるザヤ社のマネージング・ディレクター、ジョルジュ・バラカ氏は語る。アブダビはすでにドバイの負債額の2割にあたる資金を同国の救済に投じたといわれている。

 一方、バーレーンの不動産デベロッパーであるドラート社は、ドバイの人口島「ザ・ワールド」にも似たリゾート開発プロジェクトを進める。オマル・アブアルファト営業部長は涼しい顔で語る。「ドバイと違い、バーレーンの投資の半分は政府、残りは地元企業からだ。経済も安定している」。

 両国とも豊富な石油資源を持ち、話を聞いた2人の表情にもゆとりがうかがえた。それでも開発計画が、文字通り砂上の楼閣となる不安を覚えてしまうのは、ドバイ・ショックのトラウマだろうか。


ソチ(ロシア):冬季オリンピックに賭ける

 2014年冬季オリンピック開催地のソチがあるロシア・クラスノダール地方は、ロンドン市の展示に匹敵する大きさの特設テントに、ロンドンのそれを上回る模型を出展した。不動産価格の下落が伝えられる首都モスクワとは異なり、黒海沿岸のこの地方は順調に開発が進んでいることをアピールした。

ロシア・クラスノダール地方の特設テント(写真:MIPIM)

 会見に出席したロシアのディミトリー・コザック副首相は、メディアを通じて外国に広く投資を呼びかけた。「昨年、石油が高騰した際にソチの開発資金はかなり確保しており、プロジェクトの遂行は問題ない。今後はソチとクラスノダール地方の世界的知名度を上げることが課題」とも発言した。

 少し前のロシアではモスクワだけでなく、地方都市でも開発計画が目白押しだったが、現在はその多くが様子見状態にあるようだ。しかし、ソチについては国家の面目をかけ、他の開発を後回しにしても優先させるという意気込みを感じた。

 昨年のMIPIMでは、開発大臣であったコザック氏が、ウラジオストクを極東のハブにするという大構想を打ち上げたはずだ。あの計画はどうなったのだろうか。プーチンの懐刀ともいわれているコザック氏のアンタッチャブルなオーラに、記者の質問もまばらであった。


トビリシ(グルジア):戦災をものともせず

 約半年前のロシアとの紛争で、グルジアの首都トビリシから100キロほど離れたゴリーの町は壊滅的な打撃を受けた。この紛争で自らも爆撃を受けたトビリシ市だが、今回のMIPIMに、いくつかの開発プロジェクトへの投資を呼び込むためブースを構えていた。

グルジアのトビリシ市から訪問したメンバー(写真:筆者)

 「国際金融に取り残されていたのが幸いして、不動産取引はそれほど減ってはいない。以前の不動産ブームのように計画段階で物件が売れることはなくなり、価格も10%ほど下がっているが、完成物件の需要は十分にある」と、トビリシのデベロッパーであるGRDC(Georgian Reconstruction and Development Company)のイラクリ・キラウリゼCEO(最高経営責任者)は語る。

 黒海の沿岸にあるグルジアはワインの名産地であり、首都トビリシはかつてマルコ・ポーロが世界で最も美しいと絶賛した古都だ。「外資に対しては多大な優遇政策をとっている。15%以上の投資リターンがあるはずだ」(キラウリゼ氏)。

 金融危機も紛争もものともせず、弱音をはくこともない。以前このコーカサス地方の小国に滞在した私のひいき目かもしれないが、応援したくなるのが人情というものだろう。ブースを訪れる人が後をたたなかった。


モーリシャス:南洋の楽園をアフリカ投資の拠点に

 ビーチ・パラソルの下にデッキ・チェア。インド洋に浮かぶモーリシャスに相応しい、リゾート風情たっぷりなブースだ。しかし、ここでリゾート・プロジェクトが売られているのではない。

モーリシャス・ブースのパラソルの下で(写真:筆者)

 「モーリシャスが、アフリカやインドへの投資の絶好のプラットフォームであることを認知してほしい。アフリカ主要国の景気はここ数年伸びており、不動産投資は20%近いリターンを上げている」と、モーリシャス政府投資局のマネージング・ディレクター、ラジュ・ジャドー氏は語る。

 「我が国は、砂糖キビしかなかった小島から観光地として発展した。そして、今は金融政策に力を入れている。外資系企業にオープンな政策をとり、投資環境も整備された。幸い、保守的な経営姿勢を維持してきた国内の銀行は、経済危機の影響をほとんど受けていない」。アフリカ投資に力を入れる、中国政府の一行も頻繁に訪れているという。

 「多くの人は、アフリカの貧困ばかり取り上げる米国のテレビ番組に洗脳されている。アフリカは多くの資源を持つ、世界随一の成長株だ」とジャドー氏は売り込む。とはいえ、高いリターンは、それだけ投資家がリスクに対する見返りを求めていることの証拠だろう。本当に低リスクで効率的な投資ができるとしたら、モーリシャスはまさにパラダイスだが。


サンパウロ:南米経済のパワーハウス

 南米から初めてのMIPIM出展だが、ブラジルとは思えないビジネスライクなブースだ。「リオのカーニバルばかりがブラジルではない。サンパウロの人々は勤勉に働き、南米経済をリードしている」と、同市役所のアルフレド・コタイト・ネト秘書官は語る。

サンパウロのブースで、コタイト・ネト氏(中央)など(写真:筆者)

 2004年からブラジルでは好景気が続き、金融危機の後も経済、政治ともに比較的安定しているという。このため、インフラの拡充を含む再開発プロジェクトが続々進行している。サンパウロ市の資料によると、同市は都市別GDP(国内総生産)で世界第19位にランクされているそうだ。

 「南米最大の金融産業、豊かな地下資源、農作物、そして、若い人口構成がサンパウロの強みだ。べネズエラやメキシコが石油価格の乱高下に振り回されているのと違い、ブラジルにはBRICsの中でも抜きん出た将来性がある」(ネト氏)。

 地球の裏側でサンバを踊っていると思った国は、着実に経済の足固めをしていたらしい。彼の話によると、アルゼンチンやチリの経済も健闘しているという。意外にラテン・アメリカの時代は近いのかもしれない。


トロント:堅調な金融機関と大型開発

 MIPIMには米国からの参加者は多いが、同国の自治体の出展は少ない。一方で、昨年は北米から唯一の出展者であったトロントが今年も登場した。カナダ経済の中心地、トロントは移民政策で毎年1万人づつ人口が増えていることもあり、ここ数年の不動産市場は好況だった。

 今回の金融危機下でも、豊かな天然資源に加え、財務体質が健全なカナダの銀行が経済をしっかり支えている。先進国の中で唯一、銀行に対する救済策を打ち出していない国だという。

トロント市のブースでライト氏(右)ら(写真:筆者)


 「気付けば、地元のトロント・ドミニオン・バンク(TDB)が北米最大級の銀行になっていた。米国の不況のあおりは受けているし、銀行の貸し出し額は減っているが、約350件の不動産開発の少なくとも6割はそのまま進行している。街は比較的元気だよ」と、トロント市の都市計画課のエクゼクティブ・ディレクター、ゲーリー・ライト氏は胸を張る。

 オンタリオ湖を隔てて100キロ先にある米国とは明暗が分かれたようだ。ライト氏は最後に笑顔でこう釘を刺した。「カナダは、メンタリティも全く米国と異なるからね」。


日本:マジメさが表れた展示

 今年、出展7年目を迎える日本は、オリンピック候補地としての東京を前面に打ち出した。海外からの投資先としてのイメージを高めるべく、MIPIMへの出展を続けている。

 日本からは国土交通省の大臣官房審議官、松田紀子氏のほか、東京都や大阪市の行政担当者が参加した。民間からは、三菱地所の長島俊夫専務や森ビルの森浩生専務らが訪問。官民一体となって、広報活動に務めた。我が国からの参加者数は、外資系企業の日本法人社員を含めて約70人だった。

オリンピック候補地東京をアピールする日本ブース(写真:編集部)

 ただし、日本ブースは、参加企業や自治体ごとに展示パネルを並べたもの。唯一、コンピュータによる3次元地図の展示が目を引いていたが、インテリアにこだわり、バーやラウンジを併設した他のブースに比べると、きまじめな造りだ。また、日本人参加者は団体行動する傾向が強く、会場でのネットワーキングには及び腰。人数の割には存在感が薄かった。初参加のメンバーが多いことや、社交習慣の違いがあるためだろう。

 参加者の一人が小声で語った。「昨夜、クルーザーに招かれた時はすっかり舞い上がってしまって」。欧州式のホスピタリティに馴れる訓練も、グローバルなビジネスの舞台では必要かもしれない。


(篠田香子=フリーライター)