会場のパレ・デ・フェスティバルには、国や自治体、デベロッパー、設計事務所、金融機関などから多くのブースが出展する。なかでも人目を引くのは、臨場感たっぷりに土地柄を感じさせる世界の各都市の展示である。MIPIMに長年通うライター篠田香子氏が、ブースで拾い集めた出展者の声を紹介する。




 欧州諸国はどこも金融危機の痛手を受け、大規模プロジェクトの資金計画に大きな影響が出ている。不況の波を真っ先にかぶった英国で計画の中止が相次いでいるほか、ドイツでも影響は大きいようだ。しかし、開発リスクの高い地方都市が投資家に敬遠される反面、各国首都が相対的な魅力を増しているという側面もある。都市間競争が厳しい現在、自らMIPIM会場を訪問しトップセールスに励む市長も多い。

 各都市のブースで拾い集めた生の声を通して、明暗入り交じる各地の様子を伝えよう。


ロンドン:計画変更相次ぐ金融都市

 ロンドン市はここ数年、MIPIM出展者のなかで常に最大の展示面積を誇ってきた。2012年のオリンピック開催を控えた今年は屋外に巨大なテントを構え、ボリス・ジョンソン市長自ら広報活動にいそしんだ。しかし、デベロッパーがほとんど参加していない今年のロンドン・ブースには覇気がない。

ロンドン市の模型に見入る来場者。(写真:MIPIM)

 例年のMIPIMでは、新たな完成予定ビルを加えて展示されるロンドン中心部の精巧な模型が注目を集めてきた。古色蒼然としていた中心市街地が、斬新なデザインのビル群の登場で着々と高層化しているのが手に取るように分かる。

 だが、「ここに模型があっても建設が始まっていないビルの多くは、延期か設計変更になるだろう」と、現地の設計事務所ニューロンドン・アーキテクチャ社のピーター・マレー会長は落胆を隠せない。夢で終わったタワーの模型が、広すぎる会場でむなしく明滅していた。

 「オリンピック・スタジアムは予定前に完成し、今は地道なインフラ整備に力を入れる時。不動産価格も賃料も下落しているが、小売り部門だけは堅調だ。カタールからの投資が急増し、そろそろ底を打ったとみている」(同氏)。

 かつての大英帝国首都としてアフリカ・中東諸国との結び付きが強く、若年人口も増えているロンドン。潜在的なポテンシャルは高い。同市は最初に金融危機の直撃に見舞われただけに、回復も早いという見方が複数のコンファレンスで聞かれた。


パリ:逆風下、長期の再開発に取り組む

 20年前に始まったMIPIMはフランス国内を対象としていた。今では参加者数を英国に抜かれ、会場の第一言語も英語となったが、来場者をワインで迎えるフランスの都市や企業のブースはどこもお国柄が濃厚で楽しい。

 中でも会場外のテントに設けられたパリのブースは、花の都にふさわしい華やかさだ。オフィス総面積ではヨーロッパ随一で、生活環境の面でも外資系企業のビジネスマンが最も好む街とのことだ。欧州のビジネス中心地をめざし、市内随所で大規模な再開発が行われている。

エルミタージュ・タワーの模型前で、フォスター氏(左)とデヴェジュアン大臣(中)。写真:MIPIM

 なかでも1958年から副都心として開発が始まったラ・デファンス地区は、着々と進化を遂げている。フランス政府のパトリック・デヴェジュアン経済大臣は今回のMIPIMで、この地区に完成予定の高層ビル、エルミタージュ・タワーの計画を、設計者のノーマン・フォスター氏の出席のもと初披露した。ビルは93階建て、延べ床25万m2のツインタワー。オフィス、住宅、店舗、ホテルで構成され、2013年に完成する予定だ。

 パリの不動産市況も厳しい状況にあるが、経済大臣は「ラ・デファンス地区はすでに半世紀を費やした開発だ。今後の道のりも考えると、経済危機は短期的な問題にすぎない」と記者たちの質問をかわした。


フランクフルト:地ビール片手に商談を

 フランクフルトは、ドイツ国内でも高層ビルが集まっている数少ない都市だ。金融センター、交通の要衝としてドイツ経済を牽引してきた。

フランクフルトのブースに併設されたビアガーデン。(写真:筆者)

「以前の不動産バブルはどこへやら。5000万ユーロ以下の物件は比較的安定して取引されているのだが、資金調達難で大型物件の開発が苦境にある」と、ドイツ・スイス合弁の投資顧問会社、W&Pリアル・エステートのクリストフ・ザボロウスキ氏は語る。「ドイツに隣接するスイスを筆頭に、オーストリアなど中欧の経済が比較的安定しているのが救いだ」と話す彼は、長期資金の投資先としてアジアにも目を向け始めたという。

 地方色の強いドイツの各都市は、MIPIM会場でもそれぞれ個性的なブースを展開していた。しかし共通しているのは、どこでも来客に地ビールとソーセージを振る舞うことだ。話している私の目の前にも、ジョッキと大きなソーセージ2本が。周囲のドイツ人らの旺盛な食欲に圧倒された。




ミラノ:EXPO2015効果はいかに?

 2015年、ミラノで万国博覧会の開催が決定した。低迷が続いていたイタリアの商都は、このEXPOに合わせ市内や郊外に15余りのプロジェクトを計画し、景気浮揚につなげようと必死だ。

イタリアン・レッドが基調のミラノ・ブースにて、商工会議所のアルラティ氏。(写真:筆者)

「近年は新しい見本市会場などの大型開発が続いている。EXPOを機にさらにミラノの近代化が促進されるはず。新興国からの投資の感触もいい」と、ミラノ商工会議所で企業誘致を担当するピエトロ・アルラティ氏は強調する。

 しかし、イタリアでの都市開発は遅遅とした進行で知られている。今後5年間で、これらのプロジェクトのうちいくつが実際に完成しているのか見物だ。


コペンハーゲン:環境配慮型の開発で先行へ

 環境政策で注目されるデンマークの首都、コペンハーゲン。サステイナビリティを重視した開発プロジェクトが、環境に優しい街づくりを実現し、人口も増えている。

コペンハーゲン市当局のトマス・スコットルンド氏(写真:筆者)


 「現在デンマークの消費電力の20%が風力発電で賄われており、2010年までに50%を達成したい。サステイナブルな開発は今後、投資家にとっても大きな付加価値になると信じる。我々はCO2排出量ゼロの建築を奨励している」と、コペンハーゲン市の企業誘致担当、スコットルンド氏は語る。

 市内では、交通インフラを中心に大規模な開発が進んでいる。2000年にはコペンハーゲン南部のオレサンド地域とスウェーデン南部を結ぶ橋が完成した。現在、コペンハーゲンとドイツ国内の都市を結ぶ橋も計画されており、中欧とスカンジナビア半島を結ぶ交通の要衝をめざすという。

 広大なMIPIMの展示会場でも、コペンハーゲンのブースのにぎわいはひとしお。専任シェフがシーフード料理の腕を振るい、朝から蒸留酒が振る舞われる。朝から晩まで続く酒盛りのなかでもしっかり商談が交わされているのは、さすがバイキングの子孫か。


(次回に続く。篠田香子=フリーライター)