2007/08/10
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村井 話は変わりますけれど、ものを書く仕事をやっていますと、一つの言葉がある事実をどのぐらい語り尽くせるかということが、いつも気にかかります。
私が書き物をするときに、国語辞典を引っ張り出して、ある言葉をどう説明しているかをいつも気にしているのも、それが理由です。
そういう意味で、私は「マンション」という言葉を国語辞典がいったいどう説明しているかを、昔からおりあるごとにしつこく調べています。
岩波書店の「広辞苑」の初版が出たのは1955(昭和30)年ですが、このときには、まだ「マンション」という言葉が出ていませんでした。
それから10年あまりたって1969(昭和44)年に第二版が出たんですが、このとき「広辞苑」は、「マンション」という言葉を初めて取り上げました。そのときの説明が、「ホテル風の高級アパートの称」となっていたんですね。この説明の頭には(邸宅の意)というのも、くっついていました。
ところが、それから、また10年あまりたって1983(昭和58)年に第三版が出ると、この表現は全く変わりました。「中高層共同住宅。主に都市部で建てられる」といった言い方です。第二版にあった「ホテル風高級アパート」というのは、姿を消してしまいました。
さらに、このときの「主に都市部で建てられる…」という表現も、この後の第四版になると、また微妙に変わったわけです。
山岡 どう変わったんですか。
村井 第四版は1991(平成3)年に出たんですが、もっとシンプルになりました。「多くは中高層の集合住宅の俗な通称」となりました。「俗な」というのが目を引きますよね(笑)。
山岡 これで落ち着きましたか。
村井 いえいえ、まだまだ、続きます。1998(平成10)年の第五版では、また少し長くなりました。「中高層の集合住宅」という言い方はそのままなんですが、1960年代後半から急速に普及」という説明が付け加えられましたからね。
マンションというものが大量供給されて現在に至った背景には、さっきも言いましたとおり、住宅の商品化や住宅産業の進展という事情があったはずなんですが、「住宅産業」という言葉が国語辞典に出ているかどうかを調べてみると、こちらのほうは、いまも主な辞典には、私の知る限り載っていません。
ところが、非常に不思議なんですが、「住宅難」という言葉はいまでも大抵の国語辞典に出ています。住宅不足という問題は、もう35年以上前に聞かなくなった言葉だと思っていたんですがね(笑)。どうも、住宅のハングリーエイジのトラウマがこうした用語感覚の上ではいまも生き残っている感じがしますね。
山岡 「管理組合」は、どうですか。
村井 「管理組合」という言葉も、実は、つい先ごろまでは、どの国語辞典にも載っていませんでした。ところが、マンション管理適正化法が登場したころから少しずつ感じが変わってきまして、広辞苑以外の国語辞典はわりときちんとした説明を書くようになってきました。
しかし、「管理会社」のほうは、専門用語辞典を含めて、いまなおどの種類の辞典にも載っていません。
どうも、言葉の説明の仕方とか定義付けの仕方がこんなに混乱しているということは、やっぱり概念整理がまだまだできていないからじゃないかという気がしますね。
山岡 おっしゃるように「マンション」の語義が時代ともに変わってきたのは人口の都市集中という現象の裏返しですね。
話はややそれますが、誤解を恐れずに言えば、「ことば」は現象の定義づけが基本です。現象を知覚して、「音」に変えて表現するところから、言葉は始まると思われます。
赤ん坊が言葉を覚える過程が、それです。いつも世話を焼いてくれてミルクを飲ませてくれる女性を現象として理解できるから、「ママ」と発語するようになる。現象と言葉は、密接につながっています。
そして、やや視界を広げれば、時代とともに現象は変化する。重要なのは、その現象を的確に語義表現するとともに、現象の向こう側にある「見えない仕組み」をどうとらえるか。
僕は、ノンフィクションの書き手としての自分の役割のひとつは、現象の記述から入って、社会的な「仕組み」を浮かび上がらせることだと思っています。
だから、住宅も医療も、年金も、ビジネスも、現代史、あるいはスポーツもテーマとしてつながってきます。それをどう料理するか……なかなか難しいのですけどね。
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