基準を活用してボトムアップ

佐藤(東京都) ボトムアップを図るには、技術や補助金に関する正確な情報を等しくユーザーに提供することが大切です。こうした情報のライブラリー化が、その第一歩になるのではないかと感じています。

―技術や補助金に関する情報のライブラリー化は、情報を集約し、それを見える化するという2つの段階に整理できそうですね。

●東京都の東京都耐震マーク
2012年制度創設。都内すべての建築物を対象に無料で提供。区分は「新耐震適合」(1981年6月以降に建てられた建築物)、「耐震診断済」(耐震診断により耐震性が確認された建築物)、「耐震改修済」(耐震改修により耐震性が確保された建築物)の3種類(資料:東京都)
2012年制度創設。都内すべての建築物を対象に無料で提供。区分は「新耐震適合」(1981年6月以降に建てられた建築物)、「耐震診断済」(耐震診断により耐震性が確認された建築物)、「耐震改修済」(耐震改修により耐震性が確保された建築物)の3種類(資料:東京都)

佐藤(東京都) 見える化の一環とし、東京都耐震マーク制度に取り組んでいます。国は13年に耐震改修促進法(建築物の耐震改修の促進に関する法律)を改正し、旧耐震設計で建てられた建築物のうち一定の安全性能を備えるものは基準適合認定建築物プレートを表示できる制度を構築しました。都はこれより一足早い12年から、新耐震基準に基づく建築物も含めてマークを表示できる制度をつくっています。現在の実績は2万5000件程度ですが、公共建築物や緊急輸送道路沿いの建築物を手始めに、少しずつ普及・拡大を図りたいと考えています。

 なお、国の耐震改修促進法では、病院やホテルといった不特定多数が利用する大規模建築物などについて耐震診断結果の公表を義務付けましたが、都のスタンスは少し異なります。建築物ごとの耐震性能の有無について公開する考えはなく、自主的に表示することで建物所有者のモチベーションを高めていく方向で取り組んでいます。

小板橋(日建設計) ただ、街中の建築物は安全性という点で千差万別で、私たち建築専門家が見ると一目で危ないと分かるものもあります。2020年に向けて東京都が世界一安心できる安全な都市を目指すなら、危ない建物は「危ない」ということが分かるように示すことを考えてもよいのではないかと思います。

野城(東京大学) 安全性の公表を義務化するかどうかについては議論のあるところですが、表示内容の品質管理や信頼性の担保については行政が介入してもよいと思います。

 東京都の環境局が行っている、温室効果ガス排出制限の制度が好例です。それまでCO2排出量についてはいろいろな計算方法が混在していたのですが、都は一定規模以上の建築物に規制をかける際に1つの計算方式を示しました。共通の物差しをつくったことにより、建物所有者は全体分布のなかで自分の位置を把握し、必要な行動について考えられるようになったのです。このように情報提示の方法を工夫すれば、規制という形でなくても一定の方向に誘導することは可能です。

藤沢(ソフィアバンク) いまや、いったん基準ができればユーザー側が自主的にインターネットでランキングをつくっていく時代です。メトリクスが提供されるだけで、活用するアイデアは市民や民間企業からどんどん出てくるでしょう。

福山(建築研究所) 車やコンピューターなどでは既に、ユーザーがいろいろな価値を考えながら判断し、選択しています。その点、建物や街に関する情報は圧倒的に少ないのが現状ですが、潜在ニーズは大きいと思います。

―安全性の見える化や評価基準の提示といった議論が出てきました。こうした視点を踏まえつつ、技術革新をどのような方向で進めていくべきでしょうか。

藤沢(ソフィアバンク) 技術革新は大切ですが、一方で、それによって利用者が過度に安心してしまうのではという危惧も抱いています。人は自分の意思できちんと判断して行動する、そのためのアシストを技術やデータが担う。そうした役割分担を意識することが、まず大切だと感じます。

―確かに、安全性能が「お墨付き」のように機能してしまうのは危険です。東日本大震災が引き起こした津波の規模は、我々の対策を超えたものでした。

福山(建築研究所) 技術は、「地震をはじめとする自然現象をすべて理解したうえですべてに対応する」ことはできません。私たちの先達は設計に余裕を持たせることで想定を超えた事態の発生に対処してきましたが、様々な制約の結果、そうした余裕を必要以上に削ってきたこともあったかと思います。余裕を持たせることの必要性を再認識しつつ、私たちが持っている技術を発注者の適切なニーズにつなげていくことが大切ではないでしょうか。

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安達功 あだち・いさお 日経BPインフラ総合研究所所長 エンジニアリング会社勤務を経て1989年、日経BP社入社。日経コンストラクション編集、日経ホームビルダー編集長などを経て現職
安達功 あだち・いさお 日経BPインフラ総合研究所所長 エンジニアリング会社勤務を経て1989年、日経BP社入社。日経コンストラクション編集、日経ホームビルダー編集長などを経て現職

前田(オイレス工業) 次世代を見据えると、安全確保のためにモノ自体が信号を発信する仕組みがあり得るでしょう。自動車のタイヤに交換時期を示すスリップラインがあるように、使用の限界や異常を知らせる信号をいかに早く検知して、利用者に見えるようにしていくという考え方です。さらには、自己修復できる仕組みのような発展の方向もあるかもしれません。

―これから取り組むべきテーマがたくさん出てきました。これらの話をいかにリアルな場での実現へとつなげていくかを今後の宿題として受け止め、会を締めくくりたいと思います。