全体レベルを引き上げる
―未来に向けた話題とともに重要なのが、課題を正しく把握することです。ここで現在の建物づくりが抱える問題点を整理しておきたいと思います。
福山(建築研究所) 大きな課題の1つは、どのレベルの安全・安心を求めて建物をつくるのかという目標設定に関して、建築主と設計者の意識に差があることです。
現在、多くの建物は建築基準法が求めるレベルを目指して設計されています。しかし建築基準法は、あくまでも実現すべき最低レベルの性能を定めた法律に過ぎません。実際には、発注者や建築物の条件によって「松」「竹」「梅」といったような要求があるはずですから、そのニーズをくみ取って設計提案していくやり取りが必要です。
―具体的には、どのような目標設定があり得るのでしょうか。
福山(建築研究所) 建築基準法が示す目標は、大地震時にも建物が倒壊しないというギリギリの限界を満たした安全性の確保です。しかし、それより小さな変形の被害で済めば建物を修復すれば使うことができるし、変形が損傷限界より小さく収まればそのまま使い続けられます。
大切なのは、大地震時にどこまでの被害を想定して計画するかについて、建築主と利用者、設計者が共通の認識を持つことです。大地震によって建物にどの程度の損傷が生じ、建物の機能にどの程度の影響が及ぶのか。建物の機能が低減する場合には、それを修復して元に戻すのにどのくらいの費用と時間がかかるか。そこには多彩な選択肢があり、それぞれどのような費用がかかるかを発注者に理解してもらったうえで、目標レベルを選んでもらうことが重要です。後は、その目標に応じて技術的な解決を施していけばいいのです。
もう1つの課題は、より汎用性の高いリーズナブルな技術の開発です。私たち建築研究所は現在、雑壁を利用した鉄筋コンクリート造の工法の研究に取り組んでいます。袖壁をしっかり効かせて架構の耐力と剛性を高め、それ以外の非構造部分は適切なスリットで躯体と切り離して損傷を小さくするというものです。12月には5階建ての実物大実験を計画しています。
―新築に関する技術開発の話が出ましたが、既存の建築物や街を見据えた防災には、政策誘導も必要です。
佐藤(東京都) 都内で延長約1000kmの道路を緊急輸送道路に指定し、倒壊すると道路幅のおおむね半分以上を塞ぐおそれがある高さをもった建築物に診断を義務付ける条例を2011年4月に施行しました。対象となる約5000棟のうち、既に85%以上で耐震診断が実施されています。これらの診断を耐震改修へどう結びつけるか。意欲のある所有者をしっかり誘っていきたいと考えています。
区や市と連携して「マンション啓発隊」の巡回も実施しています。現在、都内約1万2000棟の旧耐震設計による分譲マンションのうち、今年8月までに約4800棟を回りました。マンションが社会に与える影響の大きさについてお伝えしながら、共有部分における診断や改修を少しでも推し進めようという狙いです。また、木造密集地域では、避難路となり得る6m未満の道路に面した建築物を対象に、区を通して耐震改修の助成を行っています。