建築出身ながら、運営面に踏み込みんで事業創出に携わってきたツクルバ(東京・渋谷)の中村真広氏と、「家の中」に生まれる創意工夫をきっかけとしたインターネットサービスを展開するTunnel(トンネル、東京・本郷)の高重正彦氏に、これからの「場」づくりを語ってもらった。

右がツクルバ代表取締役CCO・クリエイティブディレクター 中村氏、左がTunnel代表取締役CEO 高重氏(写真:鈴木愛子)
右がツクルバ代表取締役CCO・クリエイティブディレクター 中村氏、左がTunnel代表取締役CEO 高重氏(写真:鈴木愛子)

実空間もネットも分け隔てのない「場」づくりへ

──現在手掛けている事業と起業に至るきっかけなどをお話しください。

中村真広[なかむら・まさひろ]1984年生まれ。2009年東京工業大学大学院建築学専攻修了後、不動産デベロッパー、展示デザイン業界を経て、11年8月ツクルバを共同創業。シェアードワークプレイス「co-ba」、貸し切り型飲食店「365+」、中古住宅のオンラインマーケット「cowcamo」の3つの事業に加えて、「ツクルバデザイン」として空間デザインやプロデュースも手掛ける(写真:鈴木愛子)
中村真広[なかむら・まさひろ]1984年生まれ。2009年東京工業大学大学院建築学専攻修了後、不動産デベロッパー、展示デザイン業界を経て、11年8月ツクルバを共同創業。シェアードワークプレイス「co-ba」、貸し切り型飲食店「365+」、中古住宅のオンラインマーケット「cowcamo」の3つの事業に加えて、「ツクルバデザイン」として空間デザインやプロデュースも手掛ける(写真:鈴木愛子)

中村 ツクルバという会社を2011年に立ち上げて3年半になります(村上浩輝・代表取締役CEOとの共同)。現在、シェアードワークプレイス「co-ba(コーバ)」、貸し切り型飲食店「365+(サンロクゴプラス)」、中古住宅のオンラインマーケット「cowcamo(カウカモ)」の3つの事業を展開しています。このほかに、空間のコンテンツづくりから設計までを担う社内組織「ツクルバデザイン」を設置しています。

 これらの事業がいずれもリノベーションを軸とする格好で展開しているのが現状で、我々の世代で建築や不動産を手掛ける場合は、リノベーションに深く関わらざるを得ないのだと実感しています。最初に開設したのが11年12月の「co-ba shibuya」です。コワーキングスペースという言葉がちょうど日本で流行り始めた頃に、月額会費制のシェアードワークプレイスとしてスタートさせました。

高重 「RoomClip(ルームクリップ)」の運営会社であるTunnelを創業したのが11年11月ですから、ツクルバさんとほぼ同時期ですね。co-baがメディアで話題になっていた同じ頃に、実は僕らもコワーキングスペースに入って事業をスタートしているんですよ。

中村 そうだったんですね。僕らは当時から日本全国でco-baを展開させようと意気込んでいて、12年5月には同じビルの別のフロアでコワーキングスペース兼シェアライブラリーの「co-ba library」を始めています。ただ、いざ始めてみると運営が大変であることがよく分かってきた。そこで、一緒に運営をしたいというパートナーが現れるまで、全国展開はいったん寝かせることにしたんです。

 一緒にやりたいという方が徐々に現れてきたのが13年頃からで、現在では全国各地で10店舗を数えるまでになりました。変わったところでは呉工業高等専門学校内にもco-baがあります。リノベーションとまちづくりという文脈で言うならば、我々はco-baを人口10万人から30万人規模の地方都市における民間型まちづくりの拠点、面白い人たちの集まる地域のホットスポットとして位置付けています。

co-ba
ツクルバによる月額会費制の会員制コワーキングスペースのネットワーク。東京・渋谷から始まった事業は、フランチャイズの全国展開によって、現在、東京では赤坂、大塚、調布、田町、そして小倉、気仙沼、郡山、呉、飛騨高山といった地方都市に広がっている。写真上3点は最新の「co-ba HIDA TAKAYAMA」(岐阜・高山市)、下2点はカスタマイズ型の「co-ba Re-SOHKO」(東京・港区)(写真:ツクルバ)

ツクルバによる月額会費制の会員制コワーキングスペースのネットワーク。東京・渋谷から始まった事業は、フランチャイズの全国展開によって、現在、東京では赤坂、大塚、調布、田町、そして小倉、気仙沼、郡山、呉、飛騨高山といった地方都市に広がっている。写真上3点は最新の「co-ba HIDA TAKAYAMA」(岐阜・高山市)、下2点はカスタマイズ型の「co-ba Re-SOHKO」(東京・港区)(写真:ツクルバ)

──運営は、どのような格好になっているのですか?

中村 パートナーシップ制なので、それぞれの地域の方たちが主体的に行っています。結果的に、内装デザインなども地域ごとに特色があるんです。将来的には各co-baの間でユーザーの相互乗り入れを通じて、何か新しい事業を生み出したいと考えています。

高重 我々は、12年5月に立ち上げたRoomClipだけに事業を絞って運営しています。RoomClipは、スマートフォン用のアプリを使い、個々のユーザーが自分の部屋などの写真をインターネットに投稿し、ほかのユーザーと交流するソーシャルコミュニケーションサービスです。家の中で生み出される日々の工夫を手軽に記録して、見せ合うことのできるサービスとして提供しています。

 家の中というのは、日々の生活をよりよくしたいという生活者の思いが、ものすごく詰まっているはずの空間です。ところが他人の目に触れる機会がほとんどありませんから、誰も情報を共有できておらず、なかなかそこにあるクリエイティビティを伺い知ることができない。実は私の実家は福島県いわき市にあって、東日本大震災後、インフラなどの問題から11年8月に引き払うことになったのです。それまでは「家」や「実家」に対して特に思い入れがあるわけではなかった。ところが、失って初めて自分の人生のうちでいちばん長く過ごした場所がなくなってしまったと実感したんです。そうした思いが、RoomClipを開発する最初のきっかけでした。

──ユーザーが増えてくる中で、開発する側としての発見のようなものはありましたか?高重 ユーザーさんと実際にお会いしてヒアリングをしているのですが、我々が想像していた以上に、みなさん家の中で工夫をされていますね。

 当初の構想では、青山のショップに通うようなインテリアコンシャスな人たちがユーザーになるだろうと予想していたのですが、ふたを開けてみたら地方在住の家庭を持つ女性であったり、家にこもって自分の趣味に没頭している男性だったり、我々がふだん知らないタイプの人たちのクリエイティビティに触れることができる。思っている以上にそうした人たちの広がりがあって、彼ら、彼女らを我々が応援しなければならないのだと強く思うようになりました。

中村 高重さんには、我々の運営するcowcamoの取材で初めてお会いしたわけですが、幅の広い使い手がクリエイティビティを持ち始めている、という見方にすごく共感しています。地方在住の家庭を持つ女性たちが、かなりアクティブに身近なところで創造的なことに取り組んでいるというお話には勇気付けられました。

 自分の話をすると、大学院では東京工業大学の塚本由晴研究室に所属していたので、将来は建築家として活動していきたいと考えていました。ところが在籍中に、宮下公園の改修(設計=アトリエ・ワン+東京工業大学塚本研究室、2011年)に関わったら、このプロジェクトを企画していたナイキジャパンの方々がとても魅力的だったわけです。建築設計のひとつ前の段階で、公共空間に対して仕掛ける人たちがいることを強く意識するきっかけになりました。同様に、資本主義の中で枠組みづくりを提案していくレム・コールハースの事務所OMA/AMOの組織のあり方にも非常に興味がありました。

 そこで卒業後はデベロッパーに就職して不動産業界を経験したのですが、リーマンショックのあおりを受けて、すぐに辞めざるを得なくなってしまった。次に足を踏み入れたのがミュージアムデザインの世界でした。あらかじめ箱は用意されていて、その使い方をデザインしていくような仕事です。“建築の人生”というのは竣工後から始まるのだとよく分かって、箱以上に日々の運営をデザインすることが非常に大切だと感じるようになりました。

 こうした経験から、単なる建築設計事務所でも不動産会社でもなく、企画と設計と運営をトータルに扱うほうが軸が通るだろうと考えて、デベロッパー時代に一緒だった村上とつくった会社がツクルバです。

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ツクルバがアプト(東京・池袋)と共同で展開する貸し切り型飲食店事業。7つのパーティースペースと1つのレンタルスペースを運営して、顧客の希望をもとにパーティーや結婚式、各種イベントをプロデュースする。写真上は浴場跡地をリノベーションしたパーティースペース「BATHROOM」(東京・池袋)、下は最新の「ARiKA」(東京・南青山)(写真:ツクルバ)
ツクルバがアプト(東京・池袋)と共同で展開する貸し切り型飲食店事業。7つのパーティースペースと1つのレンタルスペースを運営して、顧客の希望をもとにパーティーや結婚式、各種イベントをプロデュースする。写真上は浴場跡地をリノベーションしたパーティースペース「BATHROOM」(東京・池袋)、下は最新の「ARiKA」(東京・南青山)(写真:ツクルバ)