ある中堅設計事務所の代表から、契約書締結の重要性を痛感させられる話を聞いた。契約書を交わしていなかったために既存ホテルの改修と増築の基本設計料、約2000万円を受領できなかったというのだ。設計事務所の代表によると、発注者に契約書の交付はしていた。しかし発注者は捺印を先延ばしにしたのだという。

 その設計事務所は2008年10月、発注者であるホテル運営会社に基本設計料の支払いを求めて宇都宮地裁に提訴した。地裁が請求を棄却したので、設計事務所は控訴したが東京高裁でも請求を棄却された。結局、設計報酬を回収できなかった。

改正建基法施行直前で設計を急ぐ

 判決文によると、首都圏にあるホテル運営会社が、既存ホテルの改修と増築の計画をその設計事務所に依頼したのは03年2月。客室数は150室。宴会場のあるアッパービジネスクラスという条件で計画案の提示を求めた。設計事務所は06年12月から07年6月にかけて、ホテル運営会社に全体平面図や居室プラン、宴会場レイアウト図、概算工事費、中高層近隣説明範囲図など様々な資料を提出。ホテル運営会社の要望に応じて変更を加え、設計を進めた。

設計事務所がホテル運営会社に提出した図面などの一覧
2006年12月6日 平面図、全体工程表、客室数を示す資料、概算工事費、設計料見積書および業務範囲など
2007年2月14日 全体平面図、居室プラン、立面図、断面図、指定確認検査機関との事前協議結果一覧表
5月10日 全体平面図、宴会場レイアウト図、地下駐車場別案、客室一覧、中高層近隣説明範囲図
宇都宮地裁は判決のなかで、設計事務所がホテル運営会社との打ち合わせでこれらの資料を提出し、ホテル運営会社が異議を唱えなかったことを認めている(資料:判決文をもとに日経アーキテクチュアが作成)

 契約書を締結していなかったにもかかわらず、設計事務所が作業を急いだのには理由があった。07年6月20日の改正建築基準法施行前に、確認申請をする必要があると判断したからだ。施行後は特定行政庁らの確認業務が混乱し、計画が大幅に遅れることが懸念された。