あり余る空間を再活用していく 「利用の構想力」が求められる

──場の産業は、従来の建築の仕事とどんなところが異なるのでしょうか。

松村 ストック活用といっても請負仕事として単に設計をするのではなく、自ら主導権を持って人々が豊かに交流する場をつくるのが場の産業だと考えています。

 場の産業において肝になることは2つあります。

 1つは、生活する場から発想するということです。「利用の構想力」という言い方もしていますが、あり余るストックを豊かな場所として再活用するアイデアは、その場所を使うユーザー、すなわち生活者の「ここでこんなことがしたい」という発想から生まれてくるのです。そうしたことを発想する力や、それを引き出す力が設計者にも求められると思います。

 もう1つは、箱の中身、すなわちコンテンツまで考える必要があるということです。例えば、旧校舎のリノベーションによって生まれた3331 Arts Chiyodaは、集客力のあるアートセンターとして稼働し続けています。改修による機能の向上だけではなく、その場所に合ったコンテンツによって箱の価値、さらにはエリアの価値を高めているのです。コンテンツをつくるには異業種と組む必要もありますが、建築のフィールドでクリエイティブな仕事をしていくためにまず重要なことは、その2つではないかと思います。

場の産業の様々な要素を見いだせる事例「3331 Arts Chiyoda」。2010年にオープン。廃校になっていた中学校の校舎はアートセンターに変貌し、隣り合う公園と新たにつながれ、多様な人が集う新しい「場」となっている(写真:3331 Arts Chiyoda)
場の産業の様々な要素を見いだせる事例「3331 Arts Chiyoda」。2010年にオープン。廃校になっていた中学校の校舎はアートセンターに変貌し、隣り合う公園と新たにつながれ、多様な人が集う新しい「場」となっている(写真:3331 Arts Chiyoda)

 また、私の近著『建築─新しい仕事のかたち 箱の産業から場の産業へ』に登場する実践者の方々と、さらにテーマを掘り下げる座談会を行ったところ、その方々に共通する認識は、「場の産業にとって究極的に大事なのはエリアのマネジメントだ」ということでした(座談会の内容は『場の産業 実践論』に収録)。個々の物件を改修するだけではなく、それをエリアに波及させて相乗効果を生み出す必要があるということです。

 その時にこれまでと大きく異なるのは、建築設計だけで完結させずに、不動産仲介や管理までを併せて仕事を考えなければいけない、ということです。建築と不動産では利潤を生む構造や職能が違うので簡単ではないかもしれませんが、スモールビジネスの世界では既に実現していて、前述の馬場さんや大島さん、らいおん建築事務所の嶋田洋平さんなどはまさにそういう取り組みをされています。

──大きな組織に属して活動する人は、こうしたことに関心はあってもなかなか思うようにできない、というジレンマを感じているのではないでしょうか。

松村 2000年頃にコンバージョンをテーマにした集まりに呼ばれると、「設計料が安くなるので商売にならないんじゃないか」と大企業の方などから質問されることがよくありました。『場の産業 実践論』での議論でも、場の産業はスモールビジネスであって、大きな企業には向いていないと考える方もいれば、今後、大企業が本格的に動けば全面展開することは当然あり得ると考える方もいました。そこには色々な考え方があって、場の産業がどれくらいの規模のビジネスになるかは、まだ私にもよく分からないところがあります。

 最近、『なぜローカル経済から日本は甦るのか』(冨山和彦・著)という本を読んで面白かったのは、「グローバル経済とローカル経済では必要とされる戦略や人材、産業構造も異なり、ローカル経済で一番重要なのは『密度』だ」という考え方です。