建築、グラフィック、プロダクトなど様々な領域を横断的に活動する太刀川英輔氏。オープンソースの考え方を取り入れたオフィス設計や、生活イメージを明確に伝えるブランディングなど、独自の視点でリノベーションのあり方を提案している。
知の共有と継承
──「Mozilla Factory Space」では、どのようなことを試みたのですか。
太刀川 Mozillaは、開発したソフトウエアのソースコードの改良・再配布を他者にも自由に認めるというインターネット上のオープンソースカルチャーを代表するコミュニティの1つです。そのコミュニティの日本におけるハブとなるオフィスを設計しました。
NOSIGNERでも、災害救援のための「OLIVE PROJECT」などオープンソースに則る様々な活動をしてきました。その理念に基づき、オフィス空間の設計をオープンにして、誰でも図面などを使えるようにすることを提案しました。
具体的な方法としては、一般に流通している製品を組み合わせて空間を構成しています。OAフロアには物流パレットを、デスクや棚などにはツーバイ材を、パーティションには透過性のあるポリカーボネートパネルを使っています。そのすべての図面、制作手順は、「Open Source Furniture」としてウェブウェブ上で公開しています。
既存の建物は、ワンフロアの面積が約60坪程度の小さなビルです。Mozillaのオフィスは、周囲に窓が巡らされた開放的な1階をリノベーションした空間で、一般に向けたワークショップを行います。一方で、プログラマーたちが、集中して作業を行うスペースも必要でした。
そこで細長い平面を、オープンな活動のための空間から、没頭して作業を行う空間へと段階的に仕切って使えるようにしています。天井からパーティションを吊る仕組みで、用途に合わせて簡単に位置を変えることができます。
──すべて一般に流通している工業製品でできているのでしょうか。
太刀川 机、棚、ランプシェードの共通の部品として使うことができるコーナーモジュールは、独自にデザインしています。この空間のアイコンとなるようなプロダクトをつくることと同時に、工業製品までオープンソースにできるということを示したいと考えました。コーナーモジュールは、町場の板金職人なら誰でもつくれるような簡単なデザインにしています。
プロジェクトの性格として、コンピュータープログラミングの世界では当たり前になっている設計は開かれるべきだという考え方を、建築設計、デザインの世界でも宣言するチャンスでした。誰かから知を継承して次につなげるということは、デザインがもっと進化するために必要なことだと思っています。
実際に、山口情報芸術センターのワークショップスペースでもこのテーブルが使われているし、フランスの家具ブランド「Espace Loggia」が、この図面をもとに作成した製品を発表するなど、次につながっています。
──「KYOCA」には、どのように関わっているのでしょうか。
太刀川 KYOCAは、京都にあるオフィスビルを、店舗、住宅などの複合施設にリノベーションしたものです。私は、ブランディングと、ウェブやロゴのデザインを担当しました。
この施設は、食に関心を持つ人をターゲットとしています。そこで建物自体やスペックではなく、この場所で実現できる理想の食や暮らしのイメージをダイレクトに伝えることを目指しました。そのためにウェブサイトでは、建物や空間の写真ではなく、野菜や料理の写真や調理の様子を逆再生した映像などを前面に押し出しています。ロゴにも果樹園と畑の地図記号が隠れているんですよ。
エリアブランディングを考える上では、個人と建物がどのように接続するのかを考えることが重要です。
KYOCAの建つエリアは、卸売市場など一般には開かれていない流通拠点が集まる地区でした。そこに一般の人が関われるような施設ができたわけで、今後のエリアブランディングの足がかりになる可能性を秘めています。長い時間をかけて育てていき、京都の食の拠点となるといいと思います。
──リノベーションデザインの今後の可能性についてどう考えていますか。
太刀川 脱大量生産・大量消費ということが、加速度的に進むと思います。消費者は、工業製品的でユニバーサルなデザインではなく、その空間の固有性やその場所に染み付いた物語に共感し、その体験を買いたいという思考になっていくでしょう。その意味では新築よりもリノベーションが有利になるはずです。
空き家率が上昇していく中で、建物の埋もれた価値を見いだし、新たな価値にジャンプさせる設計の力が重要になっていきます。使い手の、よりリアルなライフイメージを具体的に想定し、建築設計に結び付けていくことで、面白いものができると考えています。
NOSIGNER代表取締役