これまでに設計を手がけたリノベーションプロジェクトの「カヤバ珈琲」や「木屋旅館」などを通し、永山祐子氏は古い建物の「生きた保存」のあり方を提示してきた。どのような観点で、これらに取り組んできたのかを聞いた。
今の時代に合う「生きた保存」を
──2009年に開業した「カヤバ珈琲」でのリノベーションの考え方を教えてください。
永山 1916年に東京都台東区に竣工した木造2階の建物で、1938年から喫茶店として営業していました。ノスタルジックな物語を持つ場所ではありましたが、そこから離れてニュートラルに空間特性を眺めた時に印象的だったのは窓の外の明るさと店内の暗さ、その光のコントラストでした。それは昔ながらの喫茶店に特有のものです。
実際に使い続ける「生きた保存」を実現するには、今の時代にふさわしい空間に読み替える必要があります。カヤバ珈琲の場合、その時に感じた特徴を増幅させれば、建物が存在し続ける意味と同時に別の新しい見方も提示できるのではないかと考えました。
具体的には、既存の建物にほとんど手を加えずにどれだけ印象を変えることができるかを工夫し、天井には仕上げを剥がして黒いスモークガラスを入れました。この黒いガラスには、店内や窓の外の光が強い時には、その風景がカラーに、光が弱い時にはモノトーンに映り込みます。天井裏の照明をつけた時に古い構造材がガラス越しに見えるようにしたかったので、黒の濃度は実験を重ねて決めています。
──2012年に開業した愛媛県宇和島市の「木屋旅館」もリノベーションプロジェクトですね。
永山 木屋旅館は1911年創業の老舗旅館です。1995年の廃業後、木造2階の建物がそのままになっていたところ、滞在型の観光名所に再生させるプロジェクトが発足し、私は建築担当として参加しました。カヤバ珈琲では光を拡大解釈して新しい視点を示しましたが、木屋旅館では引き算の手法で新しい視点を示し、それが価値となるように設計しています。
こちらも既存の旅館のたたずまいは変えていません。大きな変更点は2階の床を一部、畳から透明のアクリル床に置き換えたこと。さらに、その上部の天井も剥がし、古い屋根の架構まで見通せるようにしたことです。日本家屋というのは水平に視線が広がるのが特徴です。ところが、ここでは最大約8mの高さの垂直方向の断面が突如として現れ、この建物を新しい視点で眺めることを半ば強制します。訪れた人は、これまで見えていなかった建物の一面に気付くわけです。
ファサードには夜、建物内の光の強弱や色の変化がふんわりと現れます。一見すると以前の古いままですが、時間が止まっているわけではなく、建物が継続する中に新しい時間が流れ、生き生きとしている。その雰囲気が外に漏れ出るようにしたいと考えて変化する光のシステムを採用しました。
──2つの取り組みには、どこか共通する考え方があるように感じます。
永山 既存の建物に自分がどう反応するか。その時に見いだした建物や空間の面白さを、現代に合わせていかに再編集するか。そうした設計の進め方はいずれにも共通していますね。新しい視点を入れて既存の建物のよさを浮かび上がらせる時に観賞用にするわけではありませんから、建築家にできるのは「生きた保存」の方法を探ることだと考えています。
──地域に対しては、どのような効果が波及することを期待しましたか。
永山 設計段階では、地元の人たちが会合やイベントなどでこの建物を気軽に使えるようにしたいと話していました。ただ、旅館としては一日一組の一棟貸しの使い方になるため、オープン後しばらく、地域外からの来客が多い間は、地元の人に建物内を見てもらうことがなかなかできませんでした。そこで少し落ち着いてから、「AT ART UWAJIMA」というアートイベントを企画し、地元の人にこの建物を開き、知ってもらう機会をつくりました。
こうしたイベントのために、木屋旅館から徒歩数分の距離のアーケード商店街にギャラリーを設けています。文具店が閉店するのに伴い、それをリノベーションしようというプロジェクトが立ち上がり、アーティストたちが解体からリノベーションまでを手がけました。木屋旅館という点を、線や面に広げ、まち全体の活性化につなげようとする取り組みです。
この商店街は宇和島市の中心部に位置しながら、いつも閑散としています。リノベーションできそうな場所はたくさんあるものの、大半が昔ながらの店舗併用住宅で高齢化した店主などがそのまま住み、転居するのも難しいという実情があります。その結果、使ってはいるけれど、見た目は閉まったままという建物が増えている。リノベーションが広がりを得ていくには、そうした根本的な問題を解決するシステムも必要だと改めて感じています。
永山祐子建築設計代表