組織設計事務所は“改修の時代”にどのように対応するのか。旧来のリニューアルという呼称を改め、今年1月に組織改編を行って体制を強化した日本設計のリノベーション設計部長・若杉博丈氏に聞いた。

日本設計リノベーション設計部長の若杉博丈氏(写真:日経アーキテクチュア)
日本設計リノベーション設計部長の若杉博丈氏(写真:日経アーキテクチュア)

 日本設計は、2002年にリニューアル設計室を設けている。数人で始まった小さい部署だった。07年に部長に就任した若杉博丈氏は当時より改修分野の重要性を上層部に訴え、リノベーション設計部と改称するなど「単純な機能更新や設備営繕とは異なり、建築に新たな価値を与えるクリエイティブな業務であるという認識が社内に根付くように進めてきた」と語る。

 今年1月より、同社構造設計群に属していた耐震・改修設計室を統合し、協力社員を含めて30人弱からなる意匠・構造・設備・電気、それぞれの設計セクションを備える部署として強化した。住宅系を除き、ほぼすべての用途・ジャンルのプロジェクトを手がける体制だ。

 東日本大震災以降、天井をはじめとする非構造部材の安全対策を含めて耐震診断・改修の業務が増加している。耐震・改修設計室を統合したことも手伝い、リノベーション設計部での受注は、昨年と比較して件数ベースでほぼ倍増した。些細なものから大規模改修まで多様で多岐にわたる。6~7割は調査・検討・診断といった設計以前の業務だという。

 超高層ビルの設計実績が豊富なことから、長周期地震動対策の業務も拡大している。この4月から工事が始まった東京都庁本庁舎や議事堂の改修計画も手がける。都庁舎初の大規模改修で、いわゆる“ながら工事”となって工期は7年に及ぶ。 

 事務所の設立が1967年という歴史であるため、これまではそれ以前の年代に建った他社設計の案件の改修が多かったが、今後は自社設計で、特に同社が得意としてきたオフィスビルが改修時期に差し掛かる。耐震・老朽化対策だけではなく、リノベーションの目的や需要も、より複雑・多様化していくと見ている。

2009年3月竣工の「霞が関ビル低層部大規模リニューアル」は、共用部や公開空地なども含めた環境デザインのリノベーションによって建物の価値を向上させた事例だ。隣接する東京倶楽部ビルの建て替え、霞が関コモンゲートの建設と併せ、約1万3000m2の広場状の都市空間とした。段丘状となった広場によって通りに対して開き、駅からの動線やビルのアプローチ部分も改善した(写真:日経アーキテクチュア)
2009年3月竣工の「霞が関ビル低層部大規模リニューアル」は、共用部や公開空地なども含めた環境デザインのリノベーションによって建物の価値を向上させた事例だ。隣接する東京倶楽部ビルの建て替え、霞が関コモンゲートの建設と併せ、約1万3000m2の広場状の都市空間とした。段丘状となった広場によって通りに対して開き、駅からの動線やビルのアプローチ部分も改善した(写真:日経アーキテクチュア)
「旧国立公衆衛生院」は2009年に港区に移管され、郷土資料館や子育て関連施設など区の複合施設として再整備される(平成29年度に開設予定)。内田祥三(よしかず)の設計による1948年竣工の建物を保存活用するため、耐震改修から、用途変更、動線計画の見直しなど約1万5000m2を全面的に改修する(写真:日本設計)
「旧国立公衆衛生院」は2009年に港区に移管され、郷土資料館や子育て関連施設など区の複合施設として再整備される(平成29年度に開設予定)。内田祥三(よしかず)の設計による1948年竣工の建物を保存活用するため、耐震改修から、用途変更、動線計画の見直しなど約1万5000m2を全面的に改修する(写真:日本設計)

日本設計が手がけ、工事進行中の「長浜市役所新庁舎」。1986年建設の旧長浜病院中央棟(現市役所東別館)の改修と、新館の増築を実施する。S造、地上6階建て、延べ面積約1万9000m2の東別館は、5726mc2に減築した上で柱をSRCに構造補強し、内外装を全面改修する。2つの建物ともに制振構造を採用。総工費49億9000万円、14年12月竣工の予定(資料:日本設計)
日本設計が手がけ、工事進行中の「長浜市役所新庁舎」。1986年建設の旧長浜病院中央棟(現市役所東別館)の改修と、新館の増築を実施する。S造、地上6階建て、延べ面積約1万9000m2の東別館は、5726mc2に減築した上で柱をSRCに構造補強し、内外装を全面改修する。2つの建物ともに制振構造を採用。総工費49億9000万円、14年12月竣工の予定(資料:日本設計)

 提案の際にリノベーションの効果をうまく理解してもらうことができれば、設計業務の範囲を切り開いていける。あるオフィスの場合は、「もともと設備の更新から始まったプロジェクトだが、提案によって内装の変更につながり、さらにパブリック部分や外装の改修にまで至った」(若杉氏)。

 組織改編は、そうした業務展開に対応する際のスピード感や、内部の連携を高めるためのものだ。

 また、同社におけるリノベーション業務では、「VMC(バリュー・マネジメント・コンサルタント)群」と呼ぶ、設計と営業の中間的な業務を手がける部署との連携が重要となっている。プロジェクトごとの戦略的な計画提案や、リノベーションのプロセスに応じた実践的なメニュー提供を行うための体制だ。特に大規模改修などでは、VMCを手がけるチームがプロジェクトマネジメントを担い、リノベーション設計部とのダブルチームで多角的に業務を遂行する。「当社独自のノウハウだと考えている」と若杉氏は強調する。

 「リノベーションの仕事にはある側面では、新築よりも難しい部分もある。創意工夫によって対象領域を自分で拡大し、売り上げにつなげていけると考えれば、非常にクリエイティブな仕事だと言える」。新築指向で入社してきた世代などには地味な仕事だと敬遠されかねない分野だが、その面白さや意義を啓蒙していきたい、と若杉氏は考えている。

 「改修に特化してはいるが、切り離された部署ではなく、各設計群を含む他部署の間との技術情報の共有や業務のローテーションなども常に行っている。リノベーションの仕事には特有のスキルも要るので、適切なチーム編成や人材育成を視野に入れてマネジメントするのが自分の重要な責務になっている」と若杉氏は語る。「既存の建物がすべて良質なストックとは限らず、取捨選択も必要になるだろう。当社として長く残されていく建物を設計するために(新築を手がける)他の設計群にフィードバックもしたい」。今後のリノベーション市場の拡大を視野に入れて、さらなる人材面のボトムアップを図っていきたいという。

※ 本記事の初出である特別編集版「プロジェクトエコー・シティ Vol.029 価値を高めるリノベ・改修・維持管理」50ページで、若杉博丈氏のお名前の記載に誤りがありました。本記事が正しい内容です。