津波襲来時、スイッチ一つで海上に鋼管柱を並べて防波堤を築く――。そんな革新的な技術の実証試験が和歌山下津港海岸の海南地区で進められた。開発者は、大林組と東亜建設工業、三菱重工鉄構エンジニアリング、新日鉄住金エンジニアリング、港湾空港技術研究所の5者だ。

和歌山の実証試験で用いた鋼管3本分のユニットを据え付ける工事に要したコストは7億6650万円。工場や重要施設の集積するエリアで、うなぎの寝床のように湾口が比較的狭いエリアが有望市場だ(写真:国土交通省近畿地方整備局)
和歌山の実証試験で用いた鋼管3本分のユニットを据え付ける工事に要したコストは7億6650万円。工場や重要施設の集積するエリアで、うなぎの寝床のように湾口が比較的狭いエリアが有望市場だ(写真:国土交通省近畿地方整備局)

 技術が披露された現場近くの陸地には、新日鉄住金の製鉄所や関西電力の発電所が立地。消防や警察、市役所といった緊急時の拠点も集積する。国土交通省はこの地で、冒頭の技術を利用した直立浮上式防波堤を建設することを検討している。

 現在の津波対策では、航路には防波堤を設置できず、そこから港に押し寄せる津波の進入を防げなかった。新工法では、防波堤を築く鋼管が平時は海底に沈んでいて、航路として使用可能だ。一方、津波発生時には鋼管が浮かび上がって航路に防波堤を構築する。常時は視界に入らないので、景観を阻害しない。

 今回の実験では、スイッチを入れてから浮上が終わるまでにかかった時間は7分半。鋼管を浮上させる仕掛けは次のとおりだ。まずは、海底に下部鋼管を並べて打ち込み、その内部に少し径の小さい上部鋼管を挿入する。このとき、3本の上部鋼管を上端部に配した連結桁でつないで1ユニットとする。ユニット中央の上部鋼管が収まる下部鋼管には送気管を接続しており、津波発生時に高圧で保管している空気を下端側から送り込む。連結桁でつないだ上部鋼管は浮力を受けて加速しながら上昇。海面上に柱列壁を生み出す。3本の鋼管を一体化して、送気管の数を減らした。

直立浮上式防波堤の構造。開発した工法は、和歌山の現場での採用前に、静岡県の協力を得ながら沼津港で予備的な検証を行った。試験では、海に1年以上にわたって設置して長期性能を確かめた。浮上や沈降を100回以上繰り返したところ、トラブルは生じなかった(資料:国土交通省近畿地方整備局)
直立浮上式防波堤の構造。開発した工法は、和歌山の現場での採用前に、静岡県の協力を得ながら沼津港で予備的な検証を行った。試験では、海に1年以上にわたって設置して長期性能を確かめた。浮上や沈降を100回以上繰り返したところ、トラブルは生じなかった(資料:国土交通省近畿地方整備局)

 通常時は、上部鋼管が下部鋼管に収納されている。そのため、海面上に浮上した上部鋼管同士には隙間が空く。建設時の施工精度などを踏まえると、上部鋼管の間隔が生む隙間面積の限界は、壁面の5%程度だという。大林組などは過去の水理実験によって、5%程度の開口率であれば、防波堤内に進入する波高は防波堤にぶつかる波高の3~4割程度に抑えられると確認している。

 波の進入をさらに抑える策もある。副管と呼ぶ口径の小さな管を上部鋼管の間に設置すれば、開口率を1%程度まで減らせるのだ。この口径の小さな管は、ユニット中央の上部鋼管の上端部から吊り下げて配置する。

 被災時に確実に動作するように、直立浮上式防波堤の制御機構には地震対策を講じる。例えば、送気設備などは複数系統を用意。送気管には防食に優れるステンレス製のものと、地震時の断裂防止を考慮したフッ素樹脂管とを用いてリスク分散を図る。こうした配管や配線は海底に設置したコンクリート製の共同溝に収納し、損傷を防ぐ。

 鋼管を海底に沈める構造なので、大林組では上部鋼管の可動距離が20m程度で済む場所を適用域とみる。水深10mであれば、水面から高さ約10mの防波堤を構築できるサイズだ。奥まった港湾部などで効果を発揮しやすい。都市部の河口でも防災効果を期待できる。開発が進んだ都市部では、津波の遡上による被害額が大きい半面、様々な施設が密集し、堤防増強が難しいからだ。