都はメトロ株を買い取れるか

 東京メトロの存在は、特殊法人改革の一環で制定された東京地下鉄株式会社法(メトロ法)が既定している。メトロ法は附則第2条で、できる限り早いメトロ法の廃止と株式の売却を求めている。

 国は当初、2009年度にも東京メトロを上場させる予定だったのが、08年以降の株式市場の低迷を受け、延期している。

 国から営団・東京メトロへの出資には紆余曲折がある。日本国有鉄道が発足した1949年、出資金をいったん国鉄に引き継いでいる。国鉄が消滅し国鉄清算事業団が発足した87年には事業団が継承し、事業団による資産処分の一環で91年に国が再び出資金を引き継ぐ形になった。2004年に東京メトロが発足し国が持つことになったメトロ株は、国鉄が残した負債の弁済という側面もあり、国はなるべく高値で売りたいと考えている。

 これに対して東京都は、株式を手放さず、もし国が売却する場合には買い取る意向を、石原慎太郎知事がかねて表明している。都の東京メトロへの出資比率は50%弱であるものの、会社合併などの重要事項を株主総会で議決するには、議決権ベースで3分の2以上の賛成が必要だ。発言力をさらに高めて一元化のイニシアチブを握りたいとの思惑がある。

 都の出資比率を仮に46.6%から66.7%へと20.1ポイント上げる場合、どれくらいの費用が必要だろうか。東京メトロの資本金は581億円だ。額面通りで国から買い取るにしても117億円が必要になる。

 東京メトロはほぼ都心にだけ路線を持つ高収益企業だ。2010年3月期決算(連結)では売上高が3776億円、営業利益は853億円、経常利益は664億円だった。今後も安定収入が見込め、株式を上場すると高値が付く可能性が高い。都がメトロ株を買い取るには、額面の何倍もの費用が必要になるだろう。

 一方、東京メトロには、債務残高が2010年3月期末時点で7350億円ある。ただし、同社によると、借金返済や配当支払いなどに充当できるとされるフリーキャッシュ・フロー(営業キャッシュ・フローと投資キャッシュ・フローの合算)は、過去3年の平均で年220億円程度に達している。

 売上高(百万円)営業利益(百万円)経常利益(百万円)
東京メトロ (連結) 377,60085,33166,356
(単体)343,38382,48463,547
 うち運輸事業314,84878,328
東京都交通局  174,89917,01911,116
うち地下鉄132,22320,63112,169
東京メトロと東京都交通局の2010年3月期決算 (資料:東京メトロの資料と東京都への取材を基にケンプラッツが作成)

 対する都営地下鉄は、2006年度に黒字転換しその額が増加傾向にあるものの、規模は東京メトロに及ばない。東京都交通局の10年3月期決算のうち高速電車事業会計は、売上高が1322億円、営業利益が206億円、経常利益が122億円だった。一方、債務残高は約1兆1180億円ある。もし、運賃を東京メトロに合わせて引き下げるならその分、売上も利益も減る。運行本数を維持するなどサービス水準を落とさずにコスト削減するには限界があるに違いない。

 8月3日の協議会終了後、猪瀬副知事は報道陣に対し、一元化が利用者のためであることを強調した。高収益企業である東京メトロの株が上場されると、株主が利益を求めるあまり、収益を利便性向上に充てることが難しくなると危惧している。また、東京メトロが運行している路線の建設に、国と都がこれまで約2700億円ずつ補助してきたことも指摘した。東京メトロの収益は子会社設立や不動産投資に振り向けるのではなく、利用者に還元すべきとの持論を展開した。

 地下鉄の一元化で二重運賃がなくなり乗り換えなどが便利になれば、利用者は歓迎する。しかし、都が新たな借金を負う。都は国に対して協力を求めると同時に、都民に対して十分に説明する必要がある。

 その際には、公共交通をどう位置付け、いかに効率的に運営していくか、明確なビジョンを示すべきだ。都が主導して一元化を進めるにしても、施設保有と事業運営の両面から、民間の力を活用することも欠かせないだろう。