列島はまもなく梅雨明け。暑い夏とともに8月6日がまたやってくる。日本人のほとんどが「ヒロシマ」を想起するだろうこの日は、マンションに住む人にとっては別の意味で特別な日でもある。8年前の2002年8月6日、区分所有権が突然、「所有権」と呼べないレベルの権利に変えられることになったからだ。

 区分所有法改正を審議していた法制審議会の建物区分所有法部会がその舞台だった。2人の部外者が参考人として会場に乗り込み、居並ぶ20人の委員を強引に説き伏せ、それまで14回開かれた部会の議論の結論とは180度“真逆”の方向へ区分所有法を改正する案を、審議会答申に押し込んだのだ。

 それまでの区分所有法は建て替え決議を定めた62条で、管理組合が建物の建て替えを検討・議決できる条件として、マンションの老朽化を示す「客観的要件」を設けて制限をかけていた。ただ、この要件のなかにある「過分の費用」の内容が不明確で建て替えをめぐる紛争を助長しているという指摘が出ていたため、同部会は客観的要件の内容をさらに明確化し、「築後30年以上」などの条件を新たに加える方向で議論を積み重ね、詰めの作業に入っていた。ところがこの日、2人の参考人は客観的要件そのものを廃止するという全く別の方針を示し、答申に盛り込むことを迫った。

 その2人とは、森稔・森ビル社長と福井秀夫・政策研究大学院大学教授(肩書はいずれも当時)。小泉構造改革の推進役であった総合規制改革会議(議長:宮内義彦・オリックス会長)の委員と専門委員をそれぞれ務めていた、筋金入りの規制緩和論者だ。

 「都市再開発の現場では(反対して居座る)少数者こそ強者である」「5分の4の多数決があれば、それだけで建て替えの利益が維持利益を上回る蓋然(がいぜん)性が高い」──という2人の主張を、民法学者や弁護士などで構成された委員たちはその場で論破できなかったという。答申は両案併記になったが、結論は見えていた。年末の法改正で62条の客観的要件は廃止され、03年6月に施行された。

 この02年法改正により、マンションは築年数や老朽化の程度に関係なく、区分所有権者の5分の4以上が賛成すれば建て替えられるようになった。また、理由は何であれ、いったん建て替えが決定されれば、5分の1未満の少数派となった区分所有者は事業に参加する意思を示さない限り、「売り渡し請求」をかけられて住戸を強制的に追い出されることになり、少数者の居住権を保護すべきとする考え方は根本から否定された。

 02年の法改正は、区分所有権に関するそれまでの学説の流れを逸脱していたのかもしれない。07年に改訂された解説書『改訂版 区分所有法』(大成出版社)の序論で、編者を務めた民法学者丸山英氣・中央大学法科大学院教授(当時)はこう記している。

 「専有部分への権利が所有権だとするならば、昭和58年区分所有法での制約のもとでは、かろうじてその所有権性を保持していたといえるが、平成14年区分所有法では、もはや所有権といえないのではないか、との強い疑念が生じる」

 同書は500ページに及ぶ大著だが、このコメント以外、02年改正法の内容についてはほとんど触れていない。