「基準値の真ん中ではなく、下寄りに作ってくれ」――。

 ガラス落下事故の対策について、アラップ・ジャパンの松延晋氏が語ったこの言葉を聞いてハッとした。同じような言葉を、ひび割れのないコンクリートの作り方を提案している岩瀬文夫氏(総合コンクリートサービス代表取締役)からも聞いたことがあったからだ。

 松延氏は、倍強度ガラスの表面圧縮応力について、日本工業規格(JIS)の20M~60MN/m2という基準値の「下寄り」で作ることを加工工場に依頼するという。表面圧縮応力が大きくなるとガラスの破片が細かくなる傾向があり、ガラスの割れ方をフロートガラスに近くするために必要と考えるからだ。

 一方、岩瀬氏は、生コンの流動性を示すスランプ値について「下寄り」を注文する。一般的な強度の生コンは、スランプ値が大きくなると単位水量が多くなるからだ。氏はコンクリートのひび割れの主原因が水分の蒸発による乾燥収縮とみており、できるだけ生コン中の水量を抑えることがひび割れ防止につながると考えている。

 均一と思われがちな建材にも工場による違いがあり、工場で管理の目を光らせることが品質確保の要点としている。しかも、JISで許容する範囲では十分と考えず、自身が重視する点についてはJISより厳しい品質管理を試みる。基準任せではない品質へのこだわりも、両者に共通している点だ。

 一般的には、JISで認められていれば十分と考えてしまいがちだ。より踏み込んだ品質管理ができるのは、製造物の品質と管理すべき数値の因果関係を理解しているからだ。松延氏は倍強度ガラスの割れ方と表面圧縮応力、岩瀬氏は乾燥収縮ひび割れとスランプ値(水量)が関連していることを強く意識している。

 建材を供給するメーカーや工場と、それを利用する設計者や施工者が、品質に対して共通の認識があれば基準にとらわれずに個別の判断ができる。二人が実践しているのは、まさにこれだ。基準があることで、供給する側や利用する側の思考停止さえ招くことがあるのだと気付かされる。

 もう一つ松延氏と岩瀬氏に共通している点がある。松延氏はガラスメーカーに、岩瀬氏は生コン工場に、それぞれ勤務した経歴があることだ。作り手の実情を把握していることが、二人の強みになっている。

 建設実務者が、松延氏や岩瀬氏のようなキャリアを経ることは難しい。だが、彼らの指摘に耳を傾け、品質管理に取り組むことにはできるはずだ。彼らがなぜその点にこだわるかを知っておくことが、あなたがかかわる建築の完成度を高め、あなた自身の信頼を高めるに違いない。