世界一のエポキシ塗装鉄筋の誕生

 研究者としての業績は山ほどある。東大助教授時代には、高炉セメントコンクリートに関する研究で、土木学会賞吉田賞を共同で受賞した。教授になってからは、繊維補強コンクリートの研究を進め、日本コンクリート工学協会賞を受けた。信頼性の高い防食方法として知られるエポキシ樹脂塗装鉄筋の設計施工指針を、委員長としてまとめたのも小林教授だ。当時、指針づくりの委員会幹事を務めた東京大学国際・産学共同研究センターの魚本健人教授が振り返る。

 「通常は、業界側から“指針をつくってほしい”と頼んでくるところだが、このときは小林先生の方から、必要だからつくろうと呼びかけた。指針づくりでは、現状の技術水準に合わせたり、外国に倣った基準にするのが一般的だ。ところが先生は、努力しなければできない高い技術レベルを目指した。塩害対策に使うのなら、そこまでやらなけらばだめだという信念があった」

 例えば「ピンホール」と呼ぶ塗装の不良部を検出する際の電圧は、米国基準が500Vなのに対し、日本の指針は1000Vだ。塗装は、鉄筋の角張った部分から破れることが多いという知見に基づき、塗料や塗装工程だけなく、素材としての鉄筋の品質を高めたことも特色だ。

 さらに、エポキシ樹脂を塗った鉄筋を地面の上で引きずったり、鉄筋で組んだはしごを人間が上り下りしたり、小林教授が率いた委員会は工事現場での荒っぽい取り扱いも想定して、試験を繰り返した。この結果、世界最高水準のエポキシ樹脂塗装鉄筋と、それを扱うための指針が完成した。86年のことだ。

 指針をまとめた後も研究は続く。伊豆の海岸で、15年間に及ぶ長期海洋暴露試験を実施し、エポキシ樹脂塗装鉄筋の効果を追跡した。この息の長い研究で、東京大学の星野富夫技術官、魚本教授とともに98年度の土木学会賞吉田賞を受賞する。

劣化を一目りょう然に

 もう一つ、大きな業績として語られるのが、コンクリート用の電子線マイクロアナライザー(EPMA)の開発だ。従来、鋼材など小さな物体の成分組成を調べるのに用いられていた装置を、コンクリート内の物質分布の精密分析に応用した。メーカーに依頼して、10cm×10cm大の供試体断面がカラーで見られるような新装置を完成させた。

 従来の化学分析では情報量が少なく、なかなか信用してもらえない。分析方法もいろいろあって、精度がどうだとか再現性はどうだとか、納得させるのが難しい。ところがこの装置なら、断面が丸ごと見えるから情報量がけた違いに多い。密実だと思われていたコンクリートが割とスカスカで、物質が動いていることが、ひと目でわかる。炭酸化によって塩素が移動し、濃縮する様子も一目りょう然だ。

 研究の進め方も斬新だった。土木の領域にとどまらず、化学、金属、鉱物など、異分野の技術者を集めて、一気に研究するのが小林教授のスタイルである。