客観的には南アルプスルートしかありえない

 筆者がセミナーで説明したかったのは、一点に尽きる。「客観的に考えれば、南アルプスルートしかありえない」ということだ。

 諏訪・上伊那地域が伊那谷ルートを求めること自体は、ごく自然な感情だ。誰しも自分が居住する地域が便利になることを願う。飯田・下伊那地域が南アルプスルートを求めるのも同じだ。

 ただ、事業者側からみると、遠回りに見合う利益が期待できるかどうかが問題になる。この点を検討するための材料として、JR東海は6月から7月にかけて、工事費や維持費、需要予測などを相次いで公表した。

 伊那谷ルートは、南アルプスルートに比べて工事費が6400億円高い。非トンネル部分は44km長く、用地買収が長引く恐れも大きくなる。維持運営費と設備更新費は合わせて年当たり290億円高くなる。一方、需要予測は年間14億キロ少ない。

 工事費の増加分については、整備新幹線の建設スキームのように国と自治体がJRの受益分以外を負担するという手法が考えられなくはない。しかし、維持運営費や設備更新費に対して同様の手法をとるのは難しいだろう。

 遠回りしても乗客が増えず行政からも補てんがなければ、必然的に運賃に跳ね返る。仮に、工事費を無利息の50年で償還するとする。1年当たりの工事費、維持運営費、設備更新費を合計して、乗客数(=輸送需要量÷路線長)で割ると、乗客1人当たりの原価が算出できる。結果は、南アルプスルートが5500円、伊那谷ルートが8200円になる。東海道新幹線への影響を考慮しないごく単純な計算結果ではあるものの、この差の2700円が、伊那谷ルートになった場合の負担増加につながる。

 安泰にも見える東海道新幹線は、航空機や夜行バスとの競争が激しくなっている。さらに今後、高規格の第二東名高速道路が完成し、無料で走れるようになったとすれば、乗用車との競争もより激しくなる。リニア新幹線がいくら高速で便利になっても、大きな値上げは難しいだろう。