岡村泰之建築設計事務所が設計し、2009年6月に竣工した「湘南空豆03」は、いわゆる建売住宅だ。建て主は工務店。設計にはモジュールとnLDKの間取りを採用し、使用する部材は基本的に既製品だ。同事務所代表の岡村泰之氏は「設計料は、注文住宅と比べて5分の1程度」と打ち明ける。

湘南空豆03の外観(写真:岡村泰之建築設計事務所)
湘南空豆03の外観(写真:岡村泰之建築設計事務所)

 これだけ厳しい条件であるにもかかわらず、同事務所は建売住宅を継続的に手掛けている。湘南空豆03は4件目に当たる。狙いは、住宅設計の新たな市場開拓にある。特に岡村氏が強調するのは、若手設計者が独立直後に取り組む仕事としての意義だ。

 「親戚や知り合いから1年に1~2件しか受注できず、実力があるのに建築の世界から足を洗わざるを得なかった人を何人も見てきた。もし、受注した1~2件の設計の合間を縫って、売り上げを立て、利益を上げる手段があれば、建築設計の仕事を続けることができたかもしれない。その手段の一つとして、建売住宅という道は可能性を秘めていると思う」

 建売住宅で何よりも求められるのは、早く販売できることだ。いきおい、設計期間も施工期間も短くなる。そこを逆手に取れば、短期間で売り上げを立てる仕事として考えることができる。注文住宅と異なり、建て主個人の細かい要望を聞き出す必要はないから、打ち合わせ回数も少なくて済む。総工費が1200万円前後の住宅で設計料が100万円程度でも、着実な利益として考えられる。

 かといって、おざなりな設計をしてしまえば、建築家としてかかわる意味がない。湘南空豆03では、設計した2棟の玄関を、位置をずらしながらも同方向を向くように配置。自然なコミュニケーションを促すように工夫した(図を参照)。各部屋を点対称で配置して、それぞれの世帯がプライバシーを維持しつつ、それぞれの視線がぶつからないように開口部を設けた。階段や廊下などにも開口部を設け、自然光を感じ、周辺を眺めながら住宅内を移動できるようにした。

湘南空豆03の1階平面図と2階平面図。角地の敷地を2分割。居室などは、★印を中心にして点対称となるように配置した。階段を挟むことで生活空間が近接しないようにして、各世帯のプライバシーを守る一方、玄関や階段回りの空間で緩やかにコミュニケーションを図るように工夫した
湘南空豆03の1階平面図と2階平面図。角地の敷地を2分割。居室などは、★印を中心にして点対称となるように配置した。階段を挟むことで生活空間が近接しないようにして、各世帯のプライバシーを守る一方、玄関や階段回りの空間で緩やかにコミュニケーションを図るように工夫した

湘南空豆03の外観(写真:岡村泰之建築設計事務所)
湘南空豆03の外観(写真:岡村泰之建築設計事務所)

 建て主が求める効率的な設計・施工の条件を満たしつつ、建築家としてかかわる意義を見いだす。妥協しながらも、建築家としての譲れない一線は固持する。岡村事務所は、そんな建売住宅とのかかわり方を模索している。

 「最大の課題は設計料だ。しかし、まずはこうした建築家による建売住宅の認知度を高め、その良さを理解してもらうことを優先している。数多く手掛ける中で、設計報酬に対する仕組みも確立していきたい」

 こう語る岡村氏。既に神奈川県鎌倉市で、5件目のプロジェクトに取り掛かっている