決して自慢できる話ではないが、取材していると時に相手の言ったことがすぐに理解できず、慌てることがある。筆者が先日、大規模再開発で完成したビルを取材したときのエピソードを紹介する。

 取材の相手はビルの設計者。筆者は設計者の案内で、ビルの基準階を見せてもらうことになった。

 ビルは外周に多数並べた細柱が自重を支える構造になっており、内部の柱を極力廃したのが特徴だ。基準階のフロアに入ってみると、テナントが入居前だったこともあり、想像以上に広く感じられた。

 ところが、フロアの中央に太い柱が2本、わずか数メートルの間隔で立っているのが目に留まった。

筆者 「あの柱は何ですか?」

設計者 「耐震性を確保するための柱です。ビルの自重は外周の細柱で負担しますが、内部に制振架構を設けています。2本の柱は制振架構の一部です」

筆者 「入居するテナントにとって、柱が邪魔になりませんか?」

設計者 「一つの階に二つのテナントが入居する場合、2本の柱の間を共用廊下にするので問題ありません」

筆者 「なるほど」

設計者 「もっともこのビルはふろあがりですが」

筆者 (・・・・・・えっビルが風呂上がり? どうして急に風呂の話になったのか?)

 筆者が困惑して聞き直そうとしていると、設計者はこう続けた。

設計者 「ビルの地下にはDHCがあります」

筆者 (・・・・・・DHCとは化粧品などを扱う会社のことか? 風呂とDHCとは何となく関係しそうだが、ここは都心にあるオフィスビルだ。郊外のリゾートマンションや温泉施設ではない)

 読者の皆さんは、もうお分かりだろう。

 「ふろあがり」は、テナントが一つのフロアを丸ごと借りる「フロア借り」、「DHC」はDistrict Heating and Coolingの略称で「地域冷暖房」のことである。筆者は、「DHCを設けた結果、ビルの容積率が緩和されました」と設計者が言うのを聞いて、はたと気が付いた。

 このエピソードから得られる教訓は、「聞き手は話し手が予想もしない勘違いをする恐れがある」ということだ。専門家同士の会話ならともかく、専門家が施主や住民といった必ずしも専門家ではない人と話す場合は、注意しなければならない。勘違いが原因で思わぬトラブルが発生すると、漫才や小話のネタでは済まされない。