南アルプスを迂回(うかい)すると工事費は6400億円増――。リニア新幹線の想定3ルートについてJR東海は6月18日、それぞれの建設費を発表し、自らが推進する南アルプスルートの合理性を訴えた。これに先立つ2008年10月には、3ルートとも建設が可能とする地形・地質報告書を国交省に提出している。

しかし、一連の発表内容に疑問を抱く専門家がいる。長野県大鹿村の中央構造線博物館で学芸員を務める河本和朗氏がその一人だ。南アルプスの厳しい地形と複雑な地質について、十分な検討がなされているのか。大鹿村は、JR東海が南アルプスのトンネル掘削に向けてボーリング調査を行った場所でもある。以下、河本氏に南アルプスの地質とルートの安全性について解説してもらう。(編集部)

 JR東海は6月18日、東京~名古屋間の建設について、南アルプス貫通のCルートの工事費を5兆1000億円とし、諏訪・伊那谷を通るBルートの工事費はそれを6400億円上回るという試算を公表しました。しかし、南アルプス横断ルートを建設するには、急峻なV字谷斜面の岩盤崩落防止対策を施したり、トンネル掘削で発生する岩ズリの処理方法を検討したりする必要があります。こうした対策が考慮されているのか不明です。

 「南アルプス」という言葉は人それぞれのイメージで使われるので、ここでは諏訪湖を頂点とし富士川と天竜川を2辺とする三角形の地塊を、広い意味の「赤石山地」と呼ぶことにします。赤石山地は、周囲を活動的な断層に囲まれた、東側が傾き上がるように上昇している大きな隆起ブロックです。主稜線西側の飯田市南信濃の一等水準点は最近100年間に40cm上昇しており、主稜線の上昇速度はこれを上回っていると考えられます。

 また、赤石山地の内部には大規模断層の中央構造線と糸魚川-静岡構造線が南北方向に通っています。中央構造線の破砕帯が侵食され長野県の茅野から静岡県の水窪(みさくぼ)へ続く一直線の谷が掘り込まれています。また糸魚川-静岡構造線が赤石山地の内部を通る部分は早川が掘り込んでいます。これらの谷により、広い意味の赤石山地は両側の前山と主要部分に分かれています。それらを西から順に「伊那山地」、狭い意味の「赤石山脈」、「巨摩-身延山地」と呼ぶことにします。

図1 赤石山地の周囲を囲む活断層(赤)と山地内の構造線(黒)(資料:河本和朗 糸魚川-静岡構造線活断層系と伊那谷断層帯の活断層の位置は活断層研究会(1991)による)
図1 赤石山地の周囲を囲む活断層(赤)と山地内の構造線(黒)(資料:河本和朗 糸魚川-静岡構造線活断層系と伊那谷断層帯の活断層の位置は活断層研究会(1991)による)