「最近は、作業内容の複雑化、多様化、新しい自動化装置の導入、人員削減に伴う作業員の多様な作業適応能力が要求されるようになってきている。このため、経験年数が、以前のように、その作業の熟練度の高さを示すことにはつながらず、高経験年数のものでも無知ミスが発生するようになってきている」。

 2月17日に亡くなった黒田勲氏(日本ヒューマンファクター研究所代表取締役所長、元早稲田大学教授)が著した『「信じられないミス」はなぜ起こる』(中災防新書)に書かれている言葉だ。黒田氏は、事故の背景にヒューマン・ファクター(人的要因)があることに着目し、航空や原子力、医療、建設など幅広い分野で本質的な問題解決を訴えてきた。「人間は完全なものでなく、多くのミスを犯す動物」という前提で、安全なシステムのあり方を探った。私は、建設事故の防止というテーマで、教えを請うたことがある。

 ケンプラッツでも報じているとおり、大規模な建築現場での施工ミスが後を絶たない。2008年11月には、大阪府豊中市で建設中の超高層マンション「ザ・千里タワー」でプレキャスト柱の接合部が圧壊する事故が起きた。建て込んだプレキャスト柱の接合部のすき間に充てんすべきグラウト材を、施工するのを忘れてしまった。上層階の施工が進むにつれて柱に加わる荷重が増え、接合部が耐えきれなくなって圧壊したとみられている。躯体をプレキャスト化して効率を高めるという技術の進歩が生んだトラブルだと位置づけられる。

 この事故にも“充てん忘れ”といったヒューマン・ファクターの問題が存在する。推測だが、施工の忘れ、専門工事会社の確認漏れ、元請けの確認漏れといったミスが重なったのだろう。

 工事関係者を責めているのではない。職種は違うが、同じようなミスは私たち記者の仕事にもついてまわる。誤字・脱字、写真の取り違え、集計ミス、誤報・・・。本来、あってはならないミスが相次いで起きている。そして、小さなミスも大きなミスも、原因をたどれば、多くは「忘れ」や「確認不足」にたどりつく。

 この10年間を振り返って「ちょっとまずいな」と思うのは、仕事を取り巻く環境が、よりミスを多発させる方向に向かっているように感じられることだ。世の中全体が、より少ない人数でより多くのアウトプットを求められるようになっている。昔も今も一日は24時間しかないのに、作業の多様化や人員削減、IT化などが、人間の能力の限界を超える状況をつくり出しているようだ。

 ミスや事故の後、対策として必ず出てくるのは「管理の強化」だ。結果的にみれば不十分だったからミスが生じたわけで、管理を強化するのはもっともな選択である。説得力のある言葉だが、果たして管理の強化は万能薬だろうか。管理項目を増やすだけでなく減らすことも含めて、人間が確実に作業ができる環境を整えなければ、ミスは繰り返してしまうのではないか。

 「そんな余裕をもたせたら赤字になってしまう」という声が聞こえてきそうだが、特に建設現場でのミスは大きな経済的損失につながる。ミスが重なれば信頼を失い、信頼を失えば仕事がもらえなくなる。利益追求の命題があるなかで、どのような体制を組んで仕事を進めるかは、悩ましい問題だ。いずれにしても、「管理の強化」だけでは済まない状況になりつつあると思うのだ。