「築30年前後のオフィスビルは生き残れない、大規模改修でもしないと入居者が付かない、という見方があるようだ。しかし、こうした“熟年ビル”にもニーズはある」。こう語るのは中谷ノボル氏。オフィスビルなどのリノベーション(改修)やコンバージョン(用途転用)の企画・設計を数多く手がける、アートアンドクラフトの代表だ。

 例えば、同社が改修を手がけたアイエスビル(大阪市)は1975年竣工。鉄筋コンクリート造で地上7階建てと、年齢も規模も中途半端な典型的“熟年ビル”だ。「ビルのオーナーから相談を受けた時点では、3分の1が空き室」という、くたびれた状態だった。

アイエスビルの外観(写真:アートアンドクラフト)
アイエスビルの外観(写真:アートアンドクラフト)

 外装も含めた大規模改修という選択もあったが、中谷氏はあえて内部だけの改修をオーナーに提案する。不動産仲介業を手がけている中で、「古くても構わないし、外観にもこだわらない。内部の居心地さえ良ければよい」というユーザーの声を耳にしており、熟年ビルに対するニーズがあることを確信していたのだ。「そのビルの魅力を把握して、最大限生かせば、新たな入居者をつかまえることはできる」と中谷氏は訴える。

 アイエスビルでは、エントランスや屋上などの共用部と、2フロア(6室)の内部を改修。外観には手を加えなかった。ほとんど利用されていなかった屋上には植栽を施し、木のテーブルとベンチ、パラソルを設けてカフェのような雰囲気を演出した。各フロアの床はタイルカーペットからスギのフローリングに変更し、建具やトイレの洗面台にも木を採用した。総投資額は約2500万円だった。

アイエスビルのオフィス改修例。床をスギのフローリングに変更するなど、木材を多用した
アイエスビルのオフィス改修例。床をスギのフローリングに変更するなど、木材を多用した

 2007年12月から入居者を募集したところ、「周辺相場より高い賃料を設定したが、募集後1カ月で6室中、5室の入居者が決まった」。アートアンドクラフトは、自ら運営しているウェブサイトに多くの会員を抱えている。短期間で入居者が確定した背景には、こうしたネットワークによる仲介力もあった。入居したのはデザイナーや建築設計事務所、コーチングの会社など、主に室内で作業する業種が多い。「外観と室内のギャップが良いと言う入居者もいた」という。

 「古いビルだから」といって見捨てなくてもよい。すべて新しくしなくても構わない。幅広いネットワークを持つ不動産仲介会社などから情報を集め、新しさにこだわらない入居希望者を見つけ出す。こうした人たちが求める機能やデザインをきちんとつかみ、適切な改修をすれば、若返った熟年ビルにほれ込む入居者をつかむこともできる。オフィス市況が悪化しつつある今、過大なリスクを負わず、少ない投資で最大限のリターンを得るためにも、こうした「古きを見直す」視点を持つべきではないだろうか。